666文字百物語
103、たい焼きの末路 Pixivでは「221」
僕はたい焼き。あんこが美味しくて、熱々のあの魚の形をしたアレさ。今は熱々でもないし、たぶん食べても美味しくないんじゃないかな? ……え? なんでって? だって僕、お店のおじさんとケンカしてね、海に飛び込んだ後だから。だから塩水を吸って、ぶくぶくに膨れてるってことは自分でもわかるし、あんこもすっかり塩くさくなってることもわかる。もう僕は食べ物じゃないんだよ。宿命ってやつだね。
なんでそんなに達観してるのかって? なんでそんなに諦めが早いのかって? 過ぎてしまったことをグチグチいうのはシュミじゃないし、くだらないじゃないか。僕のお腹にはあんこが詰まってたけど、別に惜しいとは思わないし。そんなことよりも海で泳げたことが何よりもうれしかったよ。自分でも不思議なんだけどね。だってそうだろ? 食べ物であるたい焼きが海に入るのが楽しいだなんて、おかしいと思わないかい? なにか裏があると思わないかい? 僕は思うね、大いに。きっとこれは裏で陰謀が隠れてるんだよ、間違いない。
……なんてね。びっくりした? 実はこれ全部、ただのたい焼きの戯言だから。君は気にしなくていいからね?
「…………」
わたしは『彼』の最期の姿を見た時、声も出なかった。
スパイとして働くことを夢見ていた変わり者の彼は、なんと脳をコンパクトに縮小して、たい焼きのお腹の部分に移植したのだ。そうして敵国の情報をたい焼きのふりをして探るというバカらしい任務を請け負ったのだ。
「彼は立派なエージェントでしたよ」
彼の上司はそう厳かに告げた。あれだけ憧れていた海で死んだのだから、幸せよね? わたしは彼の命と引き換えに得た、膨大な遺産が記された相続書をバッグの中にしまった。たい焼きの最期などどうでもいい。わたしはこのお金を手に、新たな生活を始めるのだ。
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