モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード:77

「子どもがいるように見えない」

 また始まった。
 右から左へと適当に流そうとしても、お母さんは同じ話を何度も何度も上機嫌で聞かせてくるから駄目だった。
「――って、よく言われるの!」
 でしょうね。
 こちらの内心なんて一切わかっていないのだろう。お母さんはニコニコ笑顔で何度聞かせれたかわからない同じことを繰り返す。
「若いって!」
「小学生の親っぽくないって!」
「『俺全然イケる!』って!」
 やっぱりいつもと同じこと。
 そして最後に来るのもきっと同じだ。
「すごいでしょ! ママもう30代なのに!」
 誇らしげに笑うお母さんは、きっとこの言葉をそのままの意味で受け取っているんだろう。自分に都合のいい方にしか解釈しない人には相手が言ってることの意味がわからないのだ。
「……あー、すごいね……」
 ここでお母さんに本当のことを言うと爆発なんてもんじゃない。
「ところでそろそろ出勤じゃないの?」
「あっ! もうそんな時間!? ミサキが早くご飯作ってくれないから」
「……」
 適当に同意して適当に機嫌を取りつつ、どうにかお母さんに出勤してもらう。こっちは未成年だし、母子家庭で働けるのはお母さんだけしかいない。養育費とやらは貰っている様子はないし。だから下手にお母さんがやる気のなくなることを言うわけにはいかない。ずっと前にお父さんと揉めたときは半月ほど出勤拒否して大変だったし。
 そんなことを考えていると、お母さんも身支度を終えたらしい。バタバタと足音を立てながらドアに駆け寄っていく。
「あたしもやし嫌いだわ。2度と入れないでね。じゃーね!」
 こちらを振り返ることなくお母さんは大きな音を立てて玄関を出た。
 お母さんが出勤するのは夜になってから。
 数年前はそれがどんなことなのかよくわかっていなかったけど今ならわかる。周りの人がなんで我が家に冷ややかな目を向けるのかも。
 それでも稼げる資格もないお母さんに他にできる仕事もないだろうし、なぜか男の人に優しくしてもらえるらしいお母さんにとってはこの仕事が一番向いてるんだろう。
 静かになった部屋、カーテンもない安アパートの中、ちゃぶ台に近づく。
 さっき本人が言った通りだった。
「もやし炒め一口も食べてない」
 あたしなりに家庭科の教科書見ながら頑張ったんだけどな……。
「……」
 ダメだダメだ。
 あれこれ考えてたらまたイライラする。
「あと2人で全員レベルカンストだ!」
 楽しいことを考えよう。
 ゲーム機の電源を入れる。すぐに明るいゲームの曲が聞こえてくる。
 見なれたタイトル画面から「つづきから」を選んでメニュー画面を開くと、そこには数百時間のプレイ時間と限界寸前まで上がり切ったパラメータが表示される。
 このゲームはシナリオ自体もかなりのボリューム。その他にも厳しい条件を満たさないと入手できないレアアイテム、出現条件が厳しいランダムイベントにもはや嫌がらせレベルのクリア後追加される裏ダンジョンと悪夢のような強さの裏ボス。コレクション要素すらランダム要素が多い。そんなやり込み要素盛りだくさんという触れ込みの人気作だ。入手できる経験値も相当渋いとゲーマーの間でもムズゲーとして知られている。
 あたしは自分のデータを一通り眺めてにやけてしまう。
「レベルも全員カンスト。モンスターもアイテムも図鑑コンプしちゃったし。裏ダンジョンも裏ボスも全部倒したし……」
 気合の入ったゲーマーすら全クリやフルコンプを諦めかける難易度のゲームをここまでやり込んだ人はそうそういないだろう。きっと世界でもほんのわずか。自分がそのほんのわずかの中にいるのだと思うと達成感がある。
「……」
 自分はすごいんだって少しは思えていた。
 そのはずなのに、なんでこんなに虚しくなるんだろう。たまにふっと、自分がとても空っぽなんじゃないかって思う時がある。
 しばらくレベルカンストしたキャラのパラメータを眺めていた。どの数値もアホみたいに99だの999だの、同じ数字ばかり並んでいる。それを見ても特に何も感じない気分になった。
 時計を見ると次の日になっていた。そろそろお母さんが帰ってくる頃だろうか。それとも今日も男の人とどこかに行っているのだろうか。
「ヒマだな……今日はおみやげあるかな……」
 たまに豪華なテイクアウトを持ってきてくれることもある。今日はどうなんだろう。たまにはおいしいご飯が食べたいな。
 ゲーム機の電源を切って窓に寄る。
 都内なのに周囲にビルはない。キラキラした夜景とは無縁の場所だ。近くに墓地があるから家賃が安いと誰かが言っていたっけ。だから周りに住む人は金銭的に余裕がない訳ありの人が多いらしく、トラブルが絶えない。
 カーテンのない窓ガラスにそっと手を添えてみる。
 ガラス越しに広がるのは夜の闇。星があっても輝きは見えない。
 ぼんやり外を眺めると、自分もまたこの闇の中の一部なんだという気分になる。
「よそのうちはとっくに寝てるんだろーな……」
 真夜中、翌日までずっと起きてる小学生なんてそう多くはないんだろう。よそのうちなら早く寝なさいって言われるものなのかな?
 わかんないよ。
 ……普通じゃない人に普通をわかれなんて、そんなの到底無理な話だよ。


 だから、今、あなたがなんで。
「なんでそんな顔するの?」
 それすら、私にも、未だに、わからないんです。
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