モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
エピソード:69
わたしは、あの頃の出来事を思い出していた。
楽しかったことも多いし、嬉しかった思い出も山のようにある。だけど悩んで苦しんだこともそれ以上にある。
だからこそ、立花サマに言いたいことがあるのだ。
「当時のわたしは、自分は人よりできてるから。平気だからって」
振り返るとあれはきっと、幼い万能感だったのだと思う。
世間知らずの子どもだからこそ「自分はなんでもできる」と無邪気に信じていた。大人たちから褒められてばかりだったからこそ、自分の限界も知らなかったし、自分が思っていた以上に悪意や無自覚な害意があることを知らなかった。
やろうと思えばなんでもできるのだと確信していたのだ。
「多くのことを抱え過ぎてた」
今ならわかる。嫌という程思い知った。
「みんな優等生を過大評価しすぎなんですよ」
頼られると嬉しかった。
任せられると誇らしかった。
それだけわたしは優れているという証拠だと思っていたから。でもそれは正確ではなかったのだろう。
「あの子はできてるから、いくら頼ってもいい。少しでもわからなかったらすぐ聞いて、頼って。なんでもやってもらおうとして」
みんな自分がやりたくないことや面倒なことを押し付けていただけ。自分が楽をしたいからと、人にやってもらおうとしていただけ。わたしはただ便利な人だっただけなんだ。
「でも少しでも嫌な顔したら冷たいとか言われるの」
「……」
立花サマにも思い当たる節があるでしょう?
「なんでそこまでしてあげなくちゃいけないの? 自分でできるようになればいいだけじゃない。人を当てにしないでよ」
他人におんぶにだっこのくせして。自分では自分のことすら満足にできないくせして。文句だけは一人前。終いには自分の要求が通らなかったら被害者ぶる。どこまで甘やかしてやらなきゃいけないのか。人として終わっている。
「だから、損なんですよ。優等生は何でも屋じゃない。人の世話ばっかりで自分の時間もなくなる」
自分のために使えたはずの時間も体力も気力も、他人のために使う。リソース泥棒のくせにやってもらって当たり前だと感謝もしない。
そんな人のために心を痛めるなんて馬鹿みたいだ。
「人のことなんかどうでもいい。自分のことだけ考えていたい。ガマンなんかしたくない」
本来のわたしとは真逆の考え方、真逆の行動方針。
「努力もしない。責任なんてしらない。自分さえよければいい」
性に合わない考え方をするのは辛かった。初めの頃は落ち着かなかった。
それでも、これ以上他人のために無駄な時間と手間をかけるのはもうやめたかった。
こうしてわたしは真面目に頑張るのをやめたし、人のために何かをするのもやめた。真面目に真っ当に生きるのは今のご時世生きづらいから。
立花サマは何かを考えこんでいるようだった。何か思うところがあるのかもしれない。
「希幸って」
しばしの沈黙の後、立花サマは再び口を開いた。
「……希幸はすごくマジメだよね」
中等部からのお付き合いなのになぜそんなことを。
「昔は……ですよ」
今はまったく。全然。そんなことはない。
「いーや」
「?」
頑張ってサボったりして、ちゃんと不真面目にしてるのに。
「今も十分マジメだよ」
いえ、わたしは……。
「真面目に不真面目してる」
立花サマにはっきり言いきられてしまうとわたしには反論の言葉もない。
「……」
でも、なんだか悔しくて。
「そんなことありません! わたしちゃんとフマジメです!!」
「その『ちゃんと』が真面目だよ」
ムキになって言い返しても立花サマは笑って反論してくる。こんな時に限って何も言い返せないほどしっかり詰めてくる立花サマ。もう。
「……」
「……」
しばらくそうして笑いあって、また元の空気に戻った。
わたしは話を元に戻した。
「だから、わかるんです」
立花サマを見上げる。そこには迷ったような困ったような、そんな色がある。
「自分がやらなきゃ。逃げちゃいけない。そうして沢山抱え込んで」
かつて自分が味わった気持ち。
だからよくわかる。手に取るようにわかる。
「重いもの抱え込んで。ずっと苦しんで」
今の立花サマはかつてのわたしと同じ。事情は違っても状況はそこまでちがわない。
苦しいのは同じなんだ。
「助けてって言ってよ」
困っている本人から言われないと何もできない。わたしが勝手に良かれと思ってするならそれは、ただの善意の押し付けでしかないから。どうにもならないほど追い詰められていて辛いならそう言って欲しい。
なぜならわたしは。
「わたし、立花サマの辛そうな顔は見たくない。ずっと我慢して……支える人が倒れたら、誰も幸せにならない」
ただそれだけ。
「困ってるなら言ってよ。頼ってよ!」
好きな人を、大事な人を助けたいだけ。
「意地張らないでよ!」
頼られると断れない。我慢して自分を押さえて。頑張って期待に応えようとするあなただから。
だから。
「わたし……立花サマの力になりたいの!」
勢いでつい抱き着いてしまった。そんなわたしをそっと立花サマが支えてくれる。
「……」
少しの沈黙。
「きさ……」
何か迷うような表情をして、ためらいがちに立花サマは言った。
「助けて欲しい」
やっと言ってくれた。
立花サマは今でも迷ったような顔をしている。誰かを頼るのに慣れていない。どこかでいやというほど見た表情だった。
「つらい……あたしひとりで抱えるの。くるしい」
何もかもをひとりで抱えてきた人特有の、そんな表情だった。
「くるしい。たすけて……」
わたしの返事はこれしかない。
「もちろん!」
結局わたしは人に頼られることに喜びを感じるのだろう。それが好きな人ならば嬉しい気持ちはひとしおだ。
立花サマのためなら久しぶりに本気で全力を出すこともあるかもしれない。
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