モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード:65

「立花サマには」
 希幸はどこか遠い目をして呟いた。
「わたしは気楽なお調子者に映ってるんですか?」
 どうすればそう見えないのだろう。
 希幸はいつだって明るくて、悩みなんてないっていつもニコニコ楽しそうにしてるじゃない。
 それ以外の何に見えるというのだろう。
「ちがうの?」
 我ながら刺々しい言い方だと思うけど、それでも口をついて出てくる言葉を止められない。
「あたしはずっと」
 滅多にない機会だから。
 そんなこと考えたわけじゃない。でも自覚がないだけで、あたしは希幸の身軽さを羨ましいと思っていたのかもしれない。かつての自分が持っていた自分中心のワガママさに嫉妬していたんだ。
「できないなら周りも『やらなくていいよ』って。それで『何もしないでいい』って言われてた」
 子どもの頃のあたしみたいに何も背負うことなく軽々としている。
「希幸はそんな風に見えるけど?」
 自分が失くしたものを当然のように持っている希幸が羨ましくてたまらないんだ。
「……そうですか」
 気のせいだろうか。
 希幸が薄く笑っているように見える。
「わたしはできない風に思われてたんですね」
 風の音がうるさい。
 その風が一際強くなったと同時に、希幸は何とも言えない笑みを浮かべた。
「ねらいどおり」
 中等部からの付き合いだというのにこんな表情の希幸は初めて見た。どこか薄気味悪く感じるのはなぜだろう。
「……希幸」
 あたしの戸惑いに気づいているのかいないのか。
 希幸は続ける。
「ちゃんとしてると思われるって、損じゃないですか。割に合わないじゃないですか」
 こんな皮肉気な表情、希幸らしくもない。
 内心では激しく動揺している。正直怖がっているのかもしれない。予期せぬものは不気味だ。
 希幸はあたしに構うことなく話し続ける。
「『あなたはしっかりしてるから』って。みんな都合よく使うじゃないですか」
 その言葉はあたしも散々言われてきた言葉だった。
『あなたはしっかりしてるから、家族のことを支えてあげてね』
『あなたはしっかりしてるから、冬也のことを任せるから』
『あなたはしっかりしてるから、家庭の事情もわかるでしょ? だからあんまりワガママ言っちゃダメだよ』
 母さんの没後、親や親戚だけじゃなくご近所さんにも言われてきた。大人は悪気なく純粋な誉め言葉として言っているのかもしれない。しかし言われる子どもの立場では、これを言われては簡単に『できない』と言えなくなる言葉だ。
 自分も言われてきたからこの言葉の重さも強さもわかる。
 でも失礼だけど、希幸はあまり言われるタイプには見えない。まるであたしの疑問に答えるかのように希幸は言った。
「……わたしこう見えて、昔は優等生だったんですよ」
 陽の落ちてきた中庭で、希幸はぽつぽつ語り始めた。

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