モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード:64

 目の前が輝いた……気がしたけれど、実際は特に光なんてなかった。
「どうして……」
 希幸さんの呆然とした声。
「なんで? どうして!?」
 焦るような彼女の声を私はただ聞いていた。
「どうしてッ!」
 それは私も思った。
 「どうして?」
 願いが叶うというチョコ先輩の話は嘘ではないのだろう。先輩は嘘をつく人だとは思えないし、実際に願ったらしい真白先輩は本当に叶っているように思えるから。
「心から願ってるのに!」
 切実さが滲む希幸さんの叫びに応えるように、ゆっくりとチョコ先輩が喋り出す。
「……そうだね。希幸はきっと心から願ってる」
 チョコ先輩はシガレットチョコを取り出した。
「立花の幸せ……立花の願いを」
 しばしチョコを噛む音が響く。それはとても長い時間に感じられた。
 少し間をおいて希幸さんがじれったく問い詰めた。
「じゃあどうして?」
「忘れてない? 心の底から願わないと」
 たしかにあの時そう言われた。
 でも、「心の底から願う」とは具体的にどんなことなんだろう。
「ちゃんと――」
「私は会ったことないけど、立花の願いは弟を助けたいってことでしょ?」
 チョコ先輩はやや大げさなハンドジェスチャーをした。
「弟ってことは男でしょ?」
 あ、と思った。
 まさか、希幸さんの願いが叶わなかった理由って……。
「希幸……キライだよね、男」
 どう反応したらいいかわからない。私は密かに下を向く。
「つまり、立花の願いが弟君を助けるものである限り、男嫌いの希幸にはどうあがいても叶えられない」
 希幸さんは黙り込む。
「意識的でも無意識的でも、その苦手意識がある限り。立花を助けることは毛嫌いする相手を助けることになる。心のどこかに拭えない嫌悪感がある限り」
 誰も何も言えない。もちろん私も。
「希幸に立花を助けることは……できないんだよ」
 しんと室内は静まり返った。
「――そん……な」
 希幸さんの表情を伺うと、大粒の涙が滲んでいる。
 本当に立花先輩のことが好きで、本気で立花先輩が大切なんだと伝わってくる。
「……」
 それはすごく……羨ましいと思った。
「なんなの……ほんとになんなの」
 震えている。悔しそうに、口惜しそうに。
「一番叶えたい願いが叶わないなんて……むしろ……」
 絞り出すように希幸さんが呟いた。
「がっかりしただけじゃない……」
 重苦しい空気の中、再び口を開いたのはチョコ先輩だった。
「そーかな?」
 空気にそぐわない軽い口調につられるように希幸さんも切り返す。
「そーです! 無駄に失望しただけで!」
 涙をぼろぼろ零しながらも、どこかいつもの調子が戻っているように感じられた。
「それで最悪な気分になって! なんにも役に立たなかったじゃない! 望んでない権利はただの強要でしかない」
 希幸さんにとってはそうなんだ。
「……」
 少し、心に引っ掛かった。
「希幸にとってはそうでも、救われる人はいると思うよ」
 チョコ先輩の言葉は今の私の心境を代弁するようだった。
「自分にとって不要だからって誰もがそうとは限らないでしょ」
 希幸さんにとっては本気で不要な余計なものなのかもしれない。
 けど、どうにもならなくて困っている人にとっては喉から手が出るほど必要なものになるのだろう。
 私はまだ、何を願うのかもわからないけれど。
「……!」
 考え込んでいたら視線を感じた気がする。
「ミサキちゃん!」
 突然名前を呼ばれてびっくりした。
 まさか。
「ミサキちゃんなら――」
 私が願えばいいということだろうか。反応に困っているとチョコ先輩の言葉が飛んでくる。
「ミサキでもたぶん無理だよ」
「どうして!?」
 すかさず聞き返す希幸さんにチョコ先輩は淡々と返す。
「そりゃ、ミサキはその弟君と面識ないでしょ? 希幸よりは可能性はあるけど、会ったことのない人を心から助けたいという気持ちになるかな?」
 気のせいだろうか。今日のチョコ先輩はいつもよりドライな印象だ。
「……」
 不思議に思っていると突然ガタっという音がした。
「あっ!」
 なんだろうと思ったら、立花先輩が突然立ち上がって生徒会室を出ていく音だった。
「立花サマ!」
 希幸さんも立ち上がって立花先輩を追っていく。
「まって立花サマ!」
 あまりにも突然に2人が走り出すものだから、私も。
「……」
「! ミサキ!」
 気づいた時には身体が勝手に走り出していた。
「……」
 チョコ先輩の困惑の声に、私はどう返していいかわからない。
「うまく言えないけど、ごめんなさい」
 それだけ告げて私も走り出していた。
 放課後の廊下は静まり返っていて静かだった。誰もいない廊下を小走りで2人を追う。
 なんで飛び出しちゃったんだろう……誰よりも私自身が一番わからない。
「わからない。わからないけど」
 希幸さんも、立花先輩も。優しくしてくれたんだ。ずっとひとりだった私に話しかけてくれて、気にかけてくれて。ちゃんと「友達」に対する扱いをしてくれて。
 すごく嬉しかったんだ。
 だから。
「こうせずにはいられない」
 理由なんてわからないけど。でもきっと、理由なんていらないんじゃないか。
「立花サマ!」
 少し走り続けると希幸さんの声がした。
「!」
 声のした方を向くと、そこには立花先輩を追いかける希幸さんの姿がある。
 気づいてない……? どうやら2人に私は気づかれていないらしい。つい隠れてしまった。
「希幸にはあたしの気持ちなんてわからないよ」
 いつになく真剣な立花先輩の声。
 私には立花先輩の個人的な事情はわからない。そこまで踏み込んでいい関係じゃないだろうし、特に聞いたことはない。
「希幸はいいよね。どうせ大した悩みなんてないでしょ」
 だけど、さすがに立花先輩の言葉に棘を感じずにはいられなかった。きっと今は余裕がないのだろう。
「家の事とか、お金のこととか、心配したことないでしょ?」
 実は立花先輩も私に似た境遇なのかもしれない。
 なんとなくそう感じた。
「毎日面白おかしく女子高生満喫できて、何も背負わず身軽でさ。今まで責任なんて背負ったことないでしょ」
 たしかに私から見ても希幸さんは明るくて友達も多くて毎日楽しそうだ。男性が嫌いなことくらいで、特に悩んでいる風にも見えない。
「そう見えますか」
 私の位置から希幸さんの顔は見えない。
 それでも、今まで聞いたことがない低い声音は彼女の気持ちが集約されているように感じられた。
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