モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード:63

「どんな形でも願いは願い」
 チョコ先輩は淡々と言う。
「叶ったことに変わりない」
 たしかにそうだ。
 どんなに不本意で、どんなに納得がいかなくても、願いは願いだ。
 だけど。
「!」
 ガタッ、という大きな音が静まり返った生徒会室に響き渡った、立花サマがチョコ先輩の胸ぐらをつかみ上げたのだと数秒後に理解した。
「――ッ!」
 立花サマは言葉が出てこないようだった。
「何怒ってるの? ちゃんと忠告したよね」
 忠告……? なんのことだろう?
「!」
 立花サマはぎくりとしたので、わたしの知らないところでチョコ先輩に聞きに行っていたのだろう。
「願い方には気をつけて――って。私は最初にすべて説明したよ。丁寧に詳細を」
 そこまで立花サマが食いついていたとは思わなかった。わたしはつい立花サマを見た。
「至れり尽くせりでしょ? なにが不満なの?」
 たしかに。ぐうの音も出ないとはこのこと。
 チョコ先輩は正しい。冷徹ともいえるほどに、正しい。
「感謝こそされ責められる謂れはないよ」
 でも正しいからって、相手の気持ちを考えなくていいわけじゃない。冷たい言葉を浴びせていいわけじゃない。
「先輩さすがに言いすぎ……」
 チョコ先輩と親しそうなミサキちゃんですら苦言を呈するこの始末。
 それでもチョコ先輩は平然としている。……今日のチョコ先輩はなんだか違和感がある。
「そーかな? だいたいさー、なら……なんで、すぐ願わなかったの?」
 相槌すら挟めない速さでチョコ先輩は続ける。
「なんで『救急車すぐ来て』って願ったの? もっと別のやり方があったでしょ?」
 先輩が言っているのはたぶん、「健康になれ」とか「病気が消え去れ」とか、そういう風にお願いしろってことなんだろう。
「……」
「でしょ?」
 でも、非常時に冷静でいられる人ってどれくらいいるんだろう。
「わざわざ私に確認までしておいてさ。これは明らかに、立花の落ち度でしょ?」
 ご丁寧に指差しまでセットでチョコ先輩は立花サマを責め立てた。
「……」
「こうなったのはすべて、立花のせい。立花が悪い」
 なんだかムカムカしてきた。
 なんでそこまで言うんだろう。気づいた時にはわたしは立ち上がっていた。
「チョコ先輩、さすがに言いすぎです! わたくしは全然気にしてませんからね!」
 身体が勝手に反論してたんだもん。しょうがないじゃない。
「……あたし」
 開き直ろうとするわたしの耳に、か細い立花サマの声が届く。
「まっしろだった……」
 その声音はいつもの凛々しくて頼りになる立花サマとは別人のようにか弱い。
「何度呼んでも返事をしてくれなくて。ぴくりとも動かなくて」
 ぽつりぽつりと、立花サマは力なく語る。
「頭の中冬也のことでいっぱいで……他のことを……ベストな方法を考える余裕なんてなかったよ」
 何も言えない。
 私にはそんな経験はないし、口を開けばアイツへの悪態が次から次へと飛び出すだろうから。
「今まで何度も不調なことはあったけど。反応がないのは初めてで」
 みんな何も言わずに立花サマの話を聞いている。
「『もし……』って、最悪の想像ばっかりして。こわくて……」
 わたしももし立花サマに何かあったらと想像してみた。たかが想像なのにすごくこわかった。想像でもここまで背筋が凍る恐怖なんだから、たった一人で対応した立花サマはもっとこわかっただろう。
「一秒でも早く冬也の声が聞きたくて」
 不安を跡形もなく吹き飛ばして欲しかったのだろう。
「なんでもいいから。『大丈夫』とか。『ごめん』とか。『大げさだなぁw』って笑ってもいい」
 立花サマの切実さが痛い程伝わって来た。本当に、立花サマは背負いすぎなんだ。
「なんでもいいから……ただ、本当になんでもないんだって。ムダな心配だったって。
安心させて欲しくて」
 それだけ真剣に誠実に向き合ってきたんだよ、立花サマは。とっくに知ってるけど。
「……こわくてたまらなかったんだ」
 当たり前よ。
 そう言いそうになって、軽々しくしゃべらない方がいいと思い直した。
「ださいよね……生徒会ではそこそこ仕事こなして副会長やってるのに。ホントはこれ……」
「……」
 さすがに誰も何も言えなくなった。
 そもそも何も言える言葉はない。ずっと頑張って背負い込みすぎてきた人に軽々しくかけられる気休めの言葉なんてない。
「大事な時にみっともなく取り乱してさ。ダサいやつ」
「そんなことありません!」
 あの立花サマが自重する程弱っているなんて。
 そう思ったときにはわたしはテーブルを勢いよく叩いて立ち上がっていた。
「立花サマはいつだって頑張ってて、いつだって誰よりもしっかり者で頼もしいです!」
「希幸……」
 口をつく言葉はノンストップだ。
「たった一度の失態くらいなんですか! 人間だもん、失敗くらいするわ! 人間だもん! チョコ先輩が言いすぎなんですよ!」
 言わせておけばさっきから。
 私は実はチョコ先輩にずっと苛立っていたのかもしれない。
「……どうにかなりませんか?」
「どうにか……とは?」
 ミサキちゃん……?
 彼女が自分から何かを言うことなんて珍しい。
「今回のことは事故みたいなものですよ。予想外の事態なんだから、特例みたいな感じでもう一度……」
「それはできません」
 ミサキちゃんの提案を会長はきっぱり拒否した。
「なぜ?」
「ルールだからです」
 それは……。
「!」
「最初にちよこさんが仰ったでしょう? 平等に、公平に――と」
 確かに言われたし、それは正論だけど。でももっと……。
「でも……不慮の事態なら融通利かせてくれても。情状酌量みたいな感じで……」
 そうそう! ミサキちゃんいいこと言う!
「ならば……どれだけ不利益を負ってでもルールを守っている方はどうなります?」
 なんとなく、誰かの表情が浮かんだ。
「自分は誠実にルールを遵守したのに、事情がある方は曲げてもいい?」
「……それは」
 咄嗟に言い返せないミサキちゃんに会長は畳みかける。
「律儀な方が馬鹿を見る、とでも? それは最大の不公平でしょう?」
 ミサキちゃんが黙り込んだ。
「ですから、簡単に例外を認めるわけにはいかないのです」
 会長も正論。
 でも本当に、会長の言い分は何も反論できないほど正論だ。
「大変だから。可哀想だから。特別扱いが認められるなら、不遇な人は殺人も許される?」
「それは……」
 最終的にはそうなるよね。……というか会長、話を極端な方向にもっていきすぎでは?
「それは例外? おかしな話ですね。ご自分は例外を認めろと仰ったのに。こちらは認めないのですか?」
 普段穏やかな分こういう理屈で詰めてくる会長は怖さを感じる。反論の余地を封じる展開をするというか。
「そこまで極端な話はしていません。温情とかありませんか? 情とか……」
「ルールと情は対極のものでしょう? 感情論は話を複雑にするだけ」
 さすがにここまでだろう。ミサキちゃんが会長を話していたおかげでわたしも冷静に慣れた。
「大丈夫ですわ立花サマ! わたくしが代わりにお願いすればいいわ! 譲渡ではないんだから通るでしょ?」
「そうだね」
 私の提案にチョコ先輩も頷く。
「!」
 立花サマは驚いた顔をしているけれど、わたしが願うのは立花サマに関することだけだってことはみんなわかるでしょ。
「できなくもない。けど……」
 チョコ先輩の言葉が聞こえた気がしたけれど、わたしは願うことに集中した。
「わたくしの願い」
 遠くから歯車の廻る音が聞こえた気がする。
「立花サマの願いを……叶えたい」
 歯車の音は次第に大きくなり、淡い光が見えた。
 閃光が奔り、そして……
「――え……?」
 何事もなかったかのように消え去った。
「……」
 わたしの願いは、叶ったのだろうか?
「叶わないよ。少なくとも今の希幸にだけは絶対に」
 チョコ先輩は断言する。
 ……え? 叶うって言ったじゃない? どんな願いだって叶うって。
「どういう……こと……?」
 目の前が真っ暗になった気がした。
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