モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード:59

 なんだか、変わった気がする。
 まだまだ残暑が厳しい中、私はベッドに腰かけて窓の外を眺めていた。
「みんな……雰囲気が変わったような……そんな気がする」
 あまり話したわけじゃないけど、真白先輩。
 具体的にどこがどう変わったのかは私にはわからない。あまり親しくないから違いもきっとわからないのだろう。でも明らかに何かが違う気がする。自分から直接聞けるほどの関係じゃないと思うから聞くことはできないけれど。
「……親しい関係、か」
 私にはそれがよくわからない。
 幼い頃からずっとぼっちだったから、高校生になった今でも周囲との付き合い方がわからない。未だに人に声をかけるだけで緊張する。話しかけていいのか、どんな口調で喋ればいいのか、どんな話題を選べばいいのか、どこまで踏み込んでいいのか。距離感がわからない。
 人との関わり方。こればかりは実際に誰かと関わってみなければ自分の問題点がわからないし、どこが間違っているのかわからなければ改善のしようもない。
 それでも一人でいるのが好きならば問題じゃない。
 問題なのは――
「私がひとりが嫌いだってことだ」
 一人が好きで平気だから一人でいる人と、一人が嫌いなのに一人でいるしかない人では状況が同じでも全然違う。
 私はひとりが嫌いなのに、いつの間にかひとりになっているのだ。
 私は本当は、友達が欲しくて、一緒にいてくれる誰かを求めていて、好かれたくて、愛されたい。
 だけど、誰かといるということは私だけじゃなく相手の好意も必要だ。自分ひとりで完結する話じゃない。だから辛いのだ。
 私は決して好かれるような性質じゃない。
 それでも私は、嫌われ者だった昔の自分から変わったつもりでいる。あの頃の自分と逆の行動をして、逆に振舞うようにした。勉強だって必死で頑張った。
 そうしたら、角ちゃんが声をかけてくれて、一緒に勉強したり塾に通うようになった。ひとりじゃなくなった。これなら安心だと思ったのに。彼女は不合格で私は合格だった。こうした私は高校入学と同時にぼっちになった。
「……思い出したら辛くなってきた」
 友達って、どうしたらできるんだろう。どんな関係なら友達だと思っていいのだろうか。
 わからない。私にはわからない。
 友達って何? 友情って何? 愛されるって何?


 ――あれから。突然「願いを叶えてくれる」という話を聞いてから。
 ほんの数日しか経っていないはずなのにみんなの雰囲気が変わった。言語化するのが難しいけれど、とにかく変わった。
 いきなり言われて即座に「これを叶えて欲しい」と決められるほど、みんなには明確な願いがあるのだろうか。私にはその願いすらよくわからないのに。
「……あ」
 休み時間、次の授業の準備をしていたら鞄の中に辞書がないことに気づいた。辞書がない。どうしよう……次使うのに……。
「……」
 いつもは念入りに確認するから忘れ物なんてしないのに。忘れたら授業で困ることがわかりきっているんだから絶対に忘れてはならないと念頭に置いているのに。
「……」
 どうしよう。
 こんな時どうすればいいのだろう。頻繁に忘れ物をする人はこんな時にどうしているのだろう。辞書がないと確実に困る。
「……」
 逡巡した結果、私は恐る恐る教室を出た。
 やって来たのは1年C組。
 希幸さんのクラス……初めて来た。教室にいる人たちはみんなワイワイ雑談などをしている。賑やかだなぁ。
「あ……」
 あたりを見るとすぐに希幸さんを見つけた。トランプで遊んでいる。
「……」
 盛り上がっているようで、時々歓声が上がる。これ、話しかけていいものなのだろうか。せっかく楽しそうにしているのに邪魔にならないだろうか。というか、他のクラスの私が教室に入っていいものなのだろうか。
「あっ!」
 迷っていた私を希幸さんが見つけた。小走りで駆け寄ってきてくれる。
「珍しいね! 何か御用?」
 正直助かった。
「あ……えと、辞書……を」
「辞書?」
 自分から話しかけるのが苦手な私としては相手から話しかけてくれるのはすごく助かる。
「……その……忘れてしまって」
 勇気を振り絞った。
 人にモノを借りるなんていいのかな。いっそ忘れないようにもう一冊辞書を学校に置きっぱなしの方がいいのかな。
 そんなことを考えていた私に希幸さんはなんでもないことのように言う。
「ああ! そんな深刻な顔するから、なにか事件かと思ったじゃない」
 びっくりさせないでよ〜、とでも言いたげに希幸さんはすぐ辞書を持ってきてくれた。
「はい」
 そのあまりにも自然な様子にこちらが面食らった。
「あ……ありがとうございます」
「明日の放課後までに返してくれればいいから」
 なんということのない反応。希幸さんはきっと人と物の貸し借りすることにも慣れているのだろう。でも返すときに希幸さんがいなかったらどうすればいいのだろう。他の人に渡しておくのもどうなんだろう。ロッカーに入れておくのもどうなんだろう。
「えと……」
「わたくしに直接でも。いなかったらクラスの子に渡してくれれば」
 貸し借りのことがわからない私にどうしたらいいか説明してくれて助かった。希幸さんこういう対応にも慣れてるのかな。
「……」
 ついじっと見つめてしまう。
 すごいなぁ希幸さん。
「?」
 その希幸さんはそんな私を不思議そうに見ている。
 希幸さんは――今までトランプしてて、クラスにも親しい人がいて……これが陽キャ。
 私なんて、人にモノを借りてもいいのか、すごく緊張したのに。フツーはなんとも思わないもの?
 希幸さんのあまりにも変化のない反応につい色々と考えてしまって凹む。
「……」
 つくづく私ってフツーになれていないんだな。
「え? ミサキちゃん!? ちょっとどうしたの?」
 ほら、希幸さんだって戸惑ってるじゃない。
「せっかくC組来たんだし。ちょっと遊んで行かない?」
「え?」
 私の考えていることを知ってか知らずか、希幸さんは私の腕を引く。
「みんな〜ミサキちゃんも一緒に」
 ひょっとしてトランプのお誘いなのだろうか。
「ミサキちゃん?」
「ああ、生徒会の」
 例によって知り合いすら少ない私に対する反応はこんなものだ。
 本当に私が混ざっていいのだろうか。本当は迷惑なんじゃないだろうか。
「初めましてだよね〜」
「希幸がお世話になってます」
 予想に反して、初対面でもイヤな顔はされなかった。
「えっと」
 むしろ私の方がその反応に驚いた。
「椅子どうぞ〜!」
「生徒会って大変?」
 私の戸惑いなんて吹き飛ばすようにみんな当たり前のように仲間に入れてくれた。椅子に座るとカードが配られる。
「七並べやってたんだよ。はいこれ、三島さんのカード」
 七並べ?
「……七並べってどんな遊びなんですか?」
 私は人とトランプで遊んだこともなかった。私にとってトランプと言えば神経衰弱くらいしかやったことはない。あまり言わない方が良さそうだから黙っているけど。
「ええー!?」
 みんな驚いた。世の中に七並べをやったことがない人がいること自体が信じられないとでもいうような反応だ。
「よ〜し! じゃあこの七並べクィーンがセコンドに!」
 私の反応を見かねた希幸さんが隣に座った。どうやら教えてくれるらしい。
「助かります希幸さ――」
「ちがう! 孔明とお呼び!」
「……え? すみませんコーメイさん!」
 ゲームの軍師と言えばたしかに孔明だっけ。
 気を取り直してカードを眺める。横から細かいアドバイスをもらいながら。
「えっと……」
 戦略なんかもあるのだろう。どれを出そうか迷っているところに希幸さんのお友達が話しかけてくれた。
「生徒会ってどんな雰囲気?」
「やっぱり大変?」
「えっと……そうかも?」
 どんな言い方をすればいいかよくわからないからあまりしゃべれない。敬語の方がいいのか。それともため口がいいのか。何かを聞かれるたびに口ごもってしまいそうになる。
「会長や立花先輩と知り合えるんでしょ?」
「いいなー」
「……」
 生徒会の方以外とは未だにあまり話せない。あまり馴染みのない人からは生徒会ってこんな風に見られているんだ。
「生徒会って個性的な人ばっかだよね」
「小さい先輩もいるし」
「楽しそうだよね」
 そして心からの羨望を滲ませて言った。
「いいなー」
 初めてだ。
 休み時間が終わる直前、私は自分の教室に戻る。
「『いいなー』……か。そんなこと初めて言われた」
 誰にもそんな反応なんてされたことはない。逆の反応は山ほどあるけれど。
 ……うぬぼれていいのかな。
 私はちゃんとできてるって。フツーになれてるって。
 みんなには明確な願いがあるのかな。
 真白先輩は……なんか変わった。
 前からマイペースだったけど、なんというか……自然になったというか。何か願ったのかな。
 希幸さんは、「わたしは願わない」って言ってたけど。
 悩みなんてなさそうで、明るくて、私みたいにぼっちでもない。友達沢山、すごく恵まれてて。
 ……いいなぁ。ずるい。
 立花先輩は。
 「アンフェアはダメ」って、最初はああ言ってたけど。チョコ先輩に質問してて。
 立花先輩の願いってなんだろう。
 優しくて、面倒見良くて、スポーツ万能で、人気者で。そんな立花先輩も悩みなんてあるのかな……。
 私にはどうしてもみんなに切実な願いがあるとは思えない。悩んでいるようには見えないし、願いが叶うことを必要としている風にも見えないし。
 みんな……私よりはよっぽど幸せなんじゃないかって。そう思えてならない。
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