モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード:57

 今日も空を見上げる。九月に入ったばかりの、まだまだ夏の空。
「……」
 十分ほどそうして代わり映えのしない空に飽きてベッドサイドに手を伸ばした。病院の図書室から借りてきた本が三冊詰みあがっていた。その一番上にあるレシピ本の表紙を捲った。
「冬也君、料理好きなの?」
 すっかり気心の知れた看護師が微笑みながら話しかけてきた。音もなく近くにいたから気づかなかった。
「あ……はい、まぁ」
「『育ち盛りの栄養満点メニュー』、すごいじゃない。ごはん自分で作れる子なんて貴重よ」
「……美味しいものを作りたいですから」
 我が家の食事は姉ちゃんが作っている。学業と部活の他に生徒会。家計が厳しい時はバイトも入れる。その上頻繁に俺のお見舞いに来てくれる。誰も見ていないところで相当無理をしているのは考えるまでもない。
 だから少しでも姉ちゃんの負担を減らせるよう、美味しくて栄養のある食事を覚えようと思った。俺はまだ中学生の上に身体も弱いから。自分にできることはやらなくちゃならない。
「しっかりしてるのね。まだ中学生だったわよね?」
「でも姉は小学生の頃から食事も作れたし……家事もこなしてましたから」
 今の中学生の俺でもああはできない。見てる分には簡単にこなしているように見えても、実際に自分でやってみると驚くほどできないのだ。
「そう……」
 看護師は我が家の事情を思い出したのか言葉に詰まった。
「じゃ、じゃあ。あまり無理はしないようにね」
 慌てるように去っていった。
 ドアが静かに閉まる音が聞こえなくなると、俺は再び紙面に視線を落とした。


 入院には慣れてる。
 生まれつき病弱で虚弱体質だった俺は、とにかく体が弱かった。激しい運動はもちろん、ちょっと日差しが強いと思えば高確率でめまいや吐き気に襲われ、なんなら特に何もなくても倒れそうになる。
 その様だから一度体調を崩したら一定期間病院で過ごし、家で暮らせる期間の方が少ないかもしれない。救急車には何度世話になっただろうか。
 病院で多少不自由な生活を送るのはまだ我慢できる。
 けど、俺が原因で家族の負担が大きくなっていることは常に申し訳なく思っている。入院や通院の費用も馬鹿にならない。俺が健康だったらかからなかったはずの医療費が我が家の家計を圧迫していると思うと罪悪感がすごい。母さんも父さんも昔から共働きで忙しなく働いていても俺の医療費であっという間に飛んでいく。
 姉ちゃんはそんな両親の負担を減らすために小学校の頃から家事を担当している。いつも必死に切り詰めて節約に精を出す姉ちゃんを見ていると、女子高生ながら立派に主婦の貫禄すら感じる。周りから冷ややかな目で見られている母さんも、生まれたばかりの子どもが他の子より遥かに育てることに負担が大きいことを考えると、本当に頑張って育ててくれた。十代の頃から必死で働いて、周りの同年代が楽しい学生生活を過ごしている中ですぐ倒れる子どもの世話をしているとなれば愚痴も零したくなるだろうし、あたりが厳しくなるのも無理もないと思う。
 本当に俺は、生まれてからずっと周りに負担をかけて犠牲を強いている。
 子どもの頃はなんで自分だけ、と思っていた。けれど周りの人はなんで自分が病弱な子の面倒のために負担が増えるんだろうと一度は思ったことはあるだろう。
 中学生になって自分が辛いだけじゃなく周りも辛くさせているんじゃないかって考えるようになった。ずっと自分が病気に苦しめられる被害者だと思っていたのに、むしろ俺は家族にとっては加害者なんじゃないかという気がしてきた。それでも家族なら自分たちが支えなければいけない、家族だから身内だから、本音はどうあれ必死で我慢して頑張らなければならないと思わせているのかもしれない。
 ごめんなさい。俺がいてごめんなさい。
 忘れかけていた幼い頃の罪悪感が以前にも増して大きくなってきた。母さんも父さんも、それより遥かに申し訳なく思うのは姉ちゃんだ。反対していた親の再婚で俺みたいな手のかかる奴と強制的に弟になったせいで、自分のリソースを削ってまで助けてくれる。心底申し訳ない。
 なのに俺の前では一切そんな素振りを見せることなく当たり前に助けてくれて、家族として受け入れて愛してくれる。姉ちゃんには申し訳ないけれど、俺は家族になれて本当によかったと思っている。
 だからせめて、少しでも姉ちゃんの助けになれるように。俺も支えられるように。今日もレシピを覚えよう。
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