モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード:56

「もしも願いが叶うなら、貴女は何を願いますか?」
 突然こんなことを言われて即座に返事ができる人はどれくらいいるのだろう。
 願いを叶えてくれる何者かが出てくる漫画とか小説とか、そういう作品は見たことがある。主人公は突然言われてもすぐに自分の願いを口に出していた。
 大抵の人は「こうだったらいいのに」と一度は言ったことがあるのではないだろうか。自分にとっての幸せはこんなことがあれば、これを持っていれば叶うんだ。そんな見通しがあるから迷わず、唐突な奇跡をつかみ取ることができる。
 自分にとっての幸せのイメージが明確だからできることなんだろう。
 なにがなんでも、どんな手段を使っても自分は幸せになりたいという意思があるから。目の前のチャンスに飛びつくことができる。
 その「奇跡」や「チャンス」に飛びついたことでどんな影響を及ぼすか、とてつもなく重い対価を支払うことになるんじゃないか。そんなリスクを考えることはないのだろうか。
 これ以前に、自分だけズルをしているとは思わないのだろうか。そこまでして自分だけ得をしたいのだろうか。何とも思わないのだろうか。
 いろいろなことを考えずに素直にチャンスをつかむのは難しい。少なくとも、わたしには無理だ。
 みんなもきっと、わたしと同意見ですよね?
「……」
 てっきりみんな、はっきり断ると思っていたのに。
 ……どうしてだろう。
 みんなそんなに、叶えたい願いがあるっていうの?



 あの話をされた翌朝。
 どうしたものかと考えながら歩いていると、前方に立花サマの姿を見つけた。朝からモヤモヤした気分でいたところに嬉しいサプライズ。
「立花サマー♡」
 嬉しくなって、わたしは腕をブンブン振った。
 わたしに気づいた様子の立花サマが返事をする前に、小走りで近づく。
「おはようございます。朝から立花サマに会えてラッキー♡」
「あ……うん。おはよ」
 明らかにいつもより元気のない様子の立花サマ。
 ひょっとしなくとも昨日の話が原因だろう。あまり話しかけない方が良さそうだと黙ったまま隣を歩く。
「……」
 無言が辛い。
 そう思っていたとき、立花サマは呟くようにわたしの名を呼んだ。
「希幸」
「はい?」
 相談事か何かだろうか。立花サマが誰かを頼ろうとするなんて珍しい。
「昨日の話……正直、どう思った?」
 声に動揺が滲んでいる。
「願いが叶う、って……あれ信じる?」
 きっと立花サマにとって大きく心を揺さぶられる話だったんだろう。だから珍しく動揺して、でもそれを表に出さないよう隠している。
 そう察したものの、指摘されるのはイヤだろうし。
「まぁ……びっくりはしました。いきなりあんなこと言われて」
 わたしは気づかない振りをして何事もないように平静を装う。誰だって言われたくないことはあるから。
「でも、会長とチョコ先輩が言うなら本当なんでしょうね」
 なぜか不穏な予感がして、気づいたら制服のリボンを握っていた。
「ふたりとも達の悪い嘘は言わないもの。だからほんと!」
 会長もチョコ先輩も、冗談は言っても本気で悪意のあることはしない。そんな二人が真面目に言うなら、それは本当なんだろう。
 立花サマは少し焦った様子だ。
「じゃ……じゃあ!」
 なぜだろう。
 立花サマの表情に焦りの色が見える。
「希幸は何を願うの? チョコも言ってたじゃない。切実な願いのある子が集まったんだ、って」
 今の立花サマの表情は、まさにその「切実な願い」を抱える人のものだった。
「ないですよ」
 わたしは正直に言う。
「!」
「っていうか、願う気もないです」
 そう、最初からそのつもりで、これからもきっとそう。
「自分の願いは自分で叶えてこそです!」
 子どもの頃からわたしはずっとそうして来た。これからもそうする。
「どれだけ辛くても難しくても、自分自身が必死に頑張って勝ち取ってこそだから」
 自分の努力が報われた瞬間って最高に嬉しい瞬間で、それまでの苦労が一気に消える。頑張るっていいものだから。
「与えられた力に頼りきりなんて情けないじゃない。立花サマもそう思うでしょ?」
 立花サマも努力の大切さはよく知っているはず。いくら運動神経がよくても地道な練習がなければ結果なんて出せない。複数の部活の助っ人もこなす立花サマは他より遥かに努力しているはずだ。
 だから立花サマも同意見だろうと思った。
「あ……うん」
 なのに実際の返答は歯切れの悪いものだった。
「そうだね……」
 やっぱり、あの話を聞いてからの立花サマは様子がおかしい。
 教室の前で別れた後も、わたしはずっと普段と様子の違う立花サマのことばかり考えていた。
 傍で見ていて不安になるほど、立花サマはいつも通りではなかったから。
 変わらないと思っていた日常は気づいた時には非日常にすり替わっているのかもしれない。
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