モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

サイドストーリー47

「そんな憐れな貴女たちに」
 静まり返った生徒会室にチョコの声だけが響く。いつもよりも淡々とした、硬い声のような気がした。
「かわいそう……?」
「……あわれ?」
 立花と希幸が呆然と呟く。
 三島さんはチョコの方をじっと見つめている。
「……」
 そんな中、私はただ黙っていることしかできなかった。
 私にはこんな時どんなことを言えばいいのかわからなかったから。
 静かな生徒会室の中にテーブルを叩く鈍い音が響き渡った。
「バカにしないで!」
 反射的に声の方を見ると、希幸が大声を上げていた。
「わたしは、わたしはそんな風に同情されるほど落ちてないわ!」
 意外だ。
「勝手に不幸だとか可哀想とか決めつけないで!」
 希幸がこんな反応をするなど意外だった。
 私はてっきり、希幸はいつも明るくて、重苦しい背景など背負ってはいないとばかり思っていたから。明るくて重く受け取らない気質の子は私と違ってすごく生きやすいだろうといつも羨ましく思っていたから。
「それは失礼。……でも」
 チョコは皮肉気な、嫌な笑い方をした。
「みんなも希幸と同じ気持ちなのかな?」
「……!」
 今回ばかりはチョコに同意せざるを得ない。
 個人的にチョコはよくわからないことが多すぎて苦手に思っていた。向こうは積極的に話しかけてきてもどう接するのが正解なのかよくわからないし、あまり興味もないので困ることもあった。
「……」
 だから私もやはり黙り込む。何も言えることはないから。
「……みんな? どうしたの? なんで……」
 私だけじゃない。皆が一斉に黙り込むと希幸はあからさまに狼狽した。
「なんでみんな黙ってるの? なんでそんな顔してるの?」
 希幸は混乱したように辺りを見回す。
 けれども、誰も希幸に同意することはない。
「こんなの性質の悪い冗談でしょ? わかった! 会長もグルのドッキリ! やだなーみんな本気にしちゃって……」
 希幸は混乱しているようだ。
 でも私には、なぜ希幸がそこまでこの展開を否定したいのかがどうしてもわからない。
 みんなきっと、幼い頃に空想したことはあるのではないか。もしも自分の望みがすべて叶う世界に行けたら、自分の願った通りに物事が進むような、そんな都合のいい世界だったら、と。
 せいぜい小学生が思うような「わたしのかんがえたわたのしのりそうのせかい」だが、それでもこのくらいの空想は誰でも一度はしたことがあるのではないだろうか。
「……」
 美妃さんは少し間をおいてゆっくりと口を開いた。
「先ほども申し上げた通り、これは嘘でも冗談でもありません」
 うん、わかってる。
 私は心の中だけで同意した。おそらく3年生の2人を除いて私だけは事実なのだとわかっているのだ。
「我が校の生徒会は昔から、ひとつだけ願いを叶える権利が与えられたそうです。開校当初から代々ずっと」
 なおも美妃さんは続ける。
「我が家では代々理事長を務めてきたのでその記録は残っています。お望みでしたらお見せしますよ」
 理事長の記録にこんな夢物語もいいところの話が残っているのだろうか。そんな風に考えていたことが私にもあった。
「それが私、我が早乙女家が受け継いできた役割」
 美妃さんがいうならば間違いないだろう。美妃さんならば信じられる。
 ここで三島さんが当然の疑問を口にした。
「願いを叶えるなんて……どうやって」
「学院のどこかに動力室があるそうです」
「動力室?」
 一応私はこの学院に通い始めて三年目だが、そんなものは影も形も見たことはない。
「集めた歯車を組み込んで廻す。そうして願いを叶えるための力を作っているそうです」
「歯車……?」
 いきなり動力室だの歯車だの言われても反応に困るだろう。気持ちはよくわかる。
「人はそれぞれひとつづつ、歯車を持っている」
 美妃さんの手元にうっすらと歯車が見えた。
「一部の者にしか見ることはできませんが」
 そう前置きして美妃さんは続ける。
「性格や気質、個性特性……そのような概念が形を持ったもの、と考えてください」
 要はその人をその人たらしめるもの、アイディンティティとかいわれるものだろう。
「生まれたときには世界にひとつしかない唯一無二の形。けれど成長するにつれ、周囲に馴染むよう少しづつ形を整えていく。そうして大人になる頃には、周囲とかみ合って廻し廻される」
 尖りすぎていた部分がゆっくりと矯正されていくというイメージだろうか。年を取って丸くなった、というのはきっとこのことだろう。
「それでもたまに、周りと馴染まない歯車も存在する」
 つい眉をひそめた。
「馴染まない歯車は弾くしかない。ひとつでも規格外が混ざると全体が狂ってしまうから」
 嫌なことを思い出してしまった。
 すごく辛かったこと、苦しかったこと。
 だがそんな私の心境とは裏腹に話は進んでいく。
「そんな歯車を持つ者は、もう一人が見えるようになる」
 今度はチョコが話しだし、三島さんが反応したようだった。
「もうひとり……」
 ハッとした様子の三島さんもきっと身に覚えがあるのだろう。何か心当たりがあるようだが私にはわからない。
「悩みなんて私らの年になれば誰にでもある。誰でも一度くらいはこう思ったことがあるんじゃない?」
 チョコは一度言葉を切った。
「自分が嫌い」
「嫌いな自分を認めたくない」
「受け入れられない」
 耳に痛かった。
 まさしくそれは……。
「理想と違う現実の自分を強く否定する。そうするとね」
 理想と違う自分。耳を塞ぎたくなった。
「逆になるんだよ。それまでの自分を認めたくないわけだから」
「攻撃的な子は大人しく」
「ワガママな子は聞き分けよく」
「いい子は自己中に」
「神経質は無神経に」
「本質は変わらなくても、一時的に逆ぶれすることで折り合いをつけて落ち着いていく。こうして社会に馴染んで共に廻し合っていく」
 どこかで聞いた話。実際私は去年似たようなことを聞いていた。
「あまりいないけど、自分を肯定できる子は大きくは変わらない。否定してないからモノクロとは仲良くできるみたいで」
 私は顔すら見ていない。
「しょっちゅう衝突するか、無視するか。大抵そうなるらしい。たまにあちらに引っ張られることもあるみたいだよ。内向的な子に多いらしい」
「あちら……?」
 突然、一気にこんな話をしてすぐに受け入れてもらおうというのが無理な話だろう。
 なのに三島さんは真面目に聞いていた。
「無数の歯車が漂うどこか。モノクロたちの棲むところかもしれない。有り体に言えば精神世界? 内向的って要は内側に向いてるってことだからかな。べつにどっちが良いとか悪いとかじゃなく、ただの気質の話ね」
 こればかりは仕方がないとばかりにチョコは軽い調子で言う。
「そうして反目し合う自分自身と向き合って、それまで歪だった歯車は役目を終えて動力室へ送られる」
 まるで歪であることが悪いことのように感じられた。
 そこですかさず立花が口を挟む。
「ということは」
「そう。その規格外の歯車を持つ者が、生徒会。私たちだよ」
 チョコは自嘲するような笑みを浮かべた。
「……」
 しばしみんな黙り込んでいたが希幸が再び口を開く。
「でもなんでわたしたちだけ? 誰だって悩みくらいあるし。辛くても自分で乗り越えてるじゃない」
 希幸、そういうことを言わないで欲しい。
 お願いだから黙っていて欲しい。
「みんな自分の望みは自分で叶ええてるのに。わたしたちだけ不思議な力で叶えてもらうって、そんなのズルじゃない!」
 ズル、という言葉が私の胸に深々と刺さった。
 お願いだからそんなことは言わないで欲しい。希幸はそう思っていても、私は違うから。
「わたし、そんな卑怯なこと絶対イヤ!」
 卑怯という単語が私を打ちのめす。
 私だってわかっている。特権の一種だから、願いを叶えることができない人にとってはズルでしかないってどうしようもない程わかっているんだ。自覚はしているんだ。
「たしかに。スポーツだってみんなルールを順守するからいいものだし」
 都合の悪いことに立花まで希幸の言葉に同意した。
「アンフェアには抵抗あるなあ」
「ですよね」
「願いが叶うのは魅力的だけど……不正でしょ」
 希幸だけじゃなく立花にまでそこまで言われてしまっては立つ瀬がない。あなたたちにとってはそうでも、私にとっては切実なことなのだ。
「……」
「卑怯者にはなりたくないなぁ」
「……」
 つい黙り込んで下を向いてしまった私に気づいたのか、三島さんが言う。
「あの……」
 いつものように控えめな様子だったけれど、気のせいか前より三島さんが頼もしく見えた。
「願いを叶えてもらうって、そんなに悪いですか?」
「え?」
 三島さんは何を言うつもりなのだろう。
「たとえば、生まれつき目の見えない人がいたとして、願いを叶えてもらえることになって、目が見えるようになりたいと願うのも、そんなにズルいことですか?」
「それは……」
「まあ」
 希幸と立花がたじろぐ。
「元々ハンデがあるならズルではないですよね?」 
 まさか三島さんがこんなことを言うなんて。
 失礼ながら、何も言わずに黙り込んで我慢するタイプだと思っていた。
「平等ではないけれど、公平ではあるのでは?」
「……たしかに。そういうこと考えてなかったわ」
 三島さんの言葉に納得したように立花も希幸も頷いている。
「言い過ぎたかも」
「あたしも」
 三島さんはホッとした顔をして、私もホッとした。この願いを叶えることがズルだと思われてしまえば、私は何もできなくなってしまうから。
 それでも希幸は自分の考えは貫くつもりらしい。
「自分の願いは自分で叶えるし! それでもわたしは使わない。拒否も譲渡もできなくても、保留にはできるんでしょ?」
「まーね」
 チョコがだるそうに認めた。
 なぜ希幸がここまで頑なに拒否反応を示すのかなど私にはわからない。ただ、すごく真っ直ぐな子だとは思う。突然ぽきっと折れてしまわないかと心配になるほどに。
「大切なお話というのはここまでです。ご傾聴ありがとうございました。今日は仕事はないですし、これで解散で」
 ここまでチョコに任せていた美妃さんが締めくくる。
「いきなりすごい話になりましたね」
 立花が言うが、美妃さんはいつもの微笑を浮かべたままで。
「願い事を叶えるというだけですよ。あとは何も変わりません」
「ですよねー」
 希幸か立花が同意する。
 そう、何も変わらない。
 別に天変地異が起こるわけでも、人類滅亡が始まるわけでもない。これまで通りの日々が続くだけ。
「わたくしたち、みんな楽しくやって来たんだもの。変わることなんてないですよね」
 希幸が明るく言う。
「あ、そろそろタイムセール始まる時間だ」
「お供しますよ」
 立花がぼそりと言い、希幸が反応する。
 何も変わらない。いつも通りの日々、いつも通りの生徒かい。
「帰ろ帰ろ!」
 だけど。
 だけど私にとっては大違いなんだ。一年間ずっと待ち望んでいた瞬間だったんだ。
 だから、だから私は迷うようなことはないの。
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