モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

サイドストーリー46

「もしも願いが叶うなら」
 美妃さんは一年前と全く同じことを全く同じ調子で言った。
「あなたは何を願いますか?」
 美妃さんが言葉を発した後、しばし静寂が訪れる。あまりにも唐突にこんなことを言われたらきっと、大抵の人はキョトンとするだろう。
 私は去年もこれとほぼ同じ光景を見ていた。違うのは私と美妃さん、チョコ以外の顔ぶれだけ。
 ずっ……と小さくお茶を啜る音が響くと、ようやくみんな我に返った。
「いきなり何の話です?」
「そーですよ!」
 立花と希幸はさすがに物おじせず質問を始めた。
「ただのたとえ話ですよね。仕事とも終わったし、雑談ってことでしょ」
 私のように切羽詰まった理由でもない限りはこんな反応になるのだろう。いきなり「願いが叶うなら何を願うか?」などと問われて即答できる方がきっと少数派だろう。世の中に確固たる自分の軸を持っているものの方が稀なのだから。
「それがそうでもないんだ」
 チョコが低く告げる。
「ほんとに叶うんだ」
 みんなは怪訝そうな顔をしたけれど、私は実際に見ている。
「……昔から。この学校の創立時から、ずっと続いていた。生徒会の秘密」
 立花も希幸も三島さんも怪訝そうな表情を崩すことはない。ただチョコを凝視している。
「生徒会役員はそれぞれひとつだけ、なんでも叶えてもらえる」
 相当胡散臭いとでも思われたらしい。
「……チョコ、何言ってんの?」 
 立花の呟きは去年の私の心中と同じのようだ。
 だが構わずチョコは続ける。
「生徒会はずっと、生徒を代表して仕事をこなしてきたから。ご褒美なのかもね」
 仕事というのは業務内容の対価としてお給料をもらっているのだろう。ならば生徒会も報酬をもらってしかるべきということなのだろう。きっと。
「一部の生徒は噂話として聞いたことがあるかもだけど」
 その手の噂は耳にしたことがあったが、特に深堀されるでもなく自然消滅していた。
「……」
 美妃さんは説明をチョコに任せている。……だいたい去年と同じ。
「どんな原理でそうなるのかはわからない。けど、実際に叶ってる……だから」
 一旦間を置いて、チョコは言った。
「これは『そういうもの』として受け入れるしかない」
「そんな非科学的な……」
 三島さんがつい零すのも無理もない。
 これだけ進歩した世の中、こんな話なんて簡単に信じられるはずもない。
「理屈で説明できないことは納得できない? 現代人の悪い癖だね」
 まるでオカルトを尤もらしく説明でもするかのようにチョコは続ける。
「どれだけ科学や技術が発展しても、世の中には理屈を超えた何かはある。幽霊とかお化けとかね」
 狐につままれたような気分になりそうだ。
「知識を得ただけですべてを分かった気になるのは只の思い上がりだよ」
「……」
 三島さんが黙り込んでしまった。
 怪訝そうではあるけれど、その視線はチョコから外れることはない。疑っているというより、心配しているように見えるのは私の錯覚だろうか。
「自分の見ているものが真実とは限らないのと同じ」
 たとえその通りだったとしても、少なくともそれは見ている自分自身にとっては紛れもない真実ではないだろうか。誰もがそう簡単に一歩引いて物事を見ているわけではないのだし。
 などと思ったが私は黙っていた。
 今はそんな揚げ足取りみたいなことを言って藪蛇にしたくない。
「もちろん、叶えられない類の願いはある」
 どきりとした。
「人の生死や存在に関わることは禁止。消せとか殺せとか」
「他人の精神……心に干渉するものもできない。自分のことを好きになれ、とかね」
「けど、自分自身が『前向きになりたい』とかならセーフかな」
 一瞬でも反応してしまったかもしれない。
「あとは……どうだね。叶える願いの上限を増やしてもらう、もムリ。そんなとんちみたいなこと誰も言わないだろうけど、一応ね」
 淡々とチョコは説明していく。
 うん、私は知ってる。そしてそのためにここに居ると言ってもいい。
「でもわたくし、そんな権利いらないですよ。自分の望みは自分で――」
「ごめん、言い忘れてた」
 希幸の言葉を遮ったチョコが補足する。
「『願いを叶えてもらわない』も、『誰かに譲る』もできない。この願いを叶えてもらう権利は放棄できないし他人に譲渡もできない。テキトーに願いをでっちあげることもできない」
 意外と希幸はこういうところもある子だった。頑固というか、変なところで潔癖というか。
「いいじゃん? 心から望むことを願う。それだけで叶うんだよ」
 私もそう思う。
 希幸の言うように自力でどうにかできることならば最初から縋ったりしない。未だに神頼みをする人が存在するのはそういうことだ。
 人はそこまで強くない。
「別に競い合って奪い合わなくてもみんな平等に。この権利はひとりにひとつ与えられる。平等に、公平にね」
 素晴らしい話じゃないか。
「これが生徒会役員の特典」
 場がしんとした。
「……」
 立花はしばらく黙り込んでいたが、すぐに茶化すように言う。
「与太話としては結構よくできてるよ。本気で信じそうになったし」
 立花のこの反応も真っ当だ。普通いきなりこんな話をされたところで鵜呑みにする人なんて多くないだろう。むしろ信じる方がどうかしている。
「やだなー本当だよ?」
 チョコが慌てたように美妃さんに向けて言う。
「私ってそんなに信用ないの? 本当ですよね会長」
「本当ですよ」
 あっさり肯定する美妃さん。
「我が校の生徒会では代々行われています」
「うっそ! ほんとに!?」
「なんでそんなことが」
 それまで疑っていた立花さえすんなり信じるこの状況。美妃さんはこの手の冗談を言わないだろうという日頃の信用って大事だ。
「私とのこの差よ……」
 ぼやくチョコに少しだけ同情していたところに希幸の言葉が響く。
「でも叶えたい願いなんて……本当に特にないのに」
 先ほどあれこれ言っていたのは、あくまで雑談だから。冗談のつもりだったのだろう。まさかこんな話が出てくるなんて誰も思わない。
「そう?」
 希幸の呟きに問いかけるような言葉が発せられた。
「本当に?」
「!」
「一見何も問題なく過ごしていても。何かしら望みはあるでしょ……みんな。大なり小なり悩んでる」
「……」
 図星を衝かれたのは私だけではないらしい。
 皆一様に黙り込んだ。
 そう、きっと誰もが何かに悩んでいて、どこかに救いを求めている。
 けれど。
 私よりはマシなんだろう。
「ちょ!」
 今度は突然テーブルを叩く音が響いた。
「みんなどうしたんですか! 一気にドシリアスになっちゃって!」
 希幸だ。
「わたしたちみんな悩めるお年頃だもの。皆悩みがあるのは同じでしょ!? でしょ?」
 なぜ彼女がここまで突っかかってくるのだろう。日頃の様子からして希幸が一番飛びつきそうな話なのに。
「そう……みんな何かに悩んでいる。もちろんわたくしも。けれど」
 その先はチョコが引き継いだ。
 なんだかんだで同学年同士、美妃さんとチョコは息が合っている。
「みんなの悩みってすぐに解決できるようなものなの?」
「……」
 三島さんがチョコを見た。
「生徒会に悩みの深い人が多くていいんですか?」
 これも当然の疑問だ。私も思っていたことがあった。答えを聞いたときは最初わけがわからなかったくらいだ。
「ううん。ちがうよミサキ。逆なんだ」
 私は目を伏せた。
「生徒会に悩める者が集まったんじゃない。悩める者を集めたのが生徒会なんだ」
「!」
 そういうことだった。
「つまり、生徒会にいる時点で全員重いものを抱えてる」
 具体的な内容はわからないけれど、立花も、希幸も、三島さんも。おそらく美妃さんも。そしてチョコも……なのだろう。
「みんな」
「平均」
「平凡」
「一般」
「普通」
「そんなみんながいるフルカラーの世界からはみ出した者、鮮やかな世界に馴染めないモノクロの女の子」
 きっとそれが私たち。
 チョコは皮肉と同情が入り混じった表情で微笑った。
「ようこそ」
 歓迎するかのように手を伸べて。
「かわいそうな女の子たち?」
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