モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
サイドストーリー43
夏の終わりが迫る、八月終盤。
わたし達は生徒会室の一点を見つめていた。視線の先には何もない。
山積みだった書類の山が跡形もなく消え去っていたのだ。
「ふぅ……」
わたし達全員の気持ちを代弁するように立花サマは微笑んだ。
「溜まりに溜まってた仕事が……ついに終わったー!」
「やたー!」
会長不在の今、副会長である立花サマが実質的なリーダーでまとめ役。
その立花サマの「終わった」宣言はわたし達にまで絶大な解放感を与えてくれた。
ここまで長かったもの。わたしも実際に生徒会に入る前はまさかここまで仕事が多いとは思っても見なかったもの。本当にここまで長かった。
「思えばここまで長かった」
あ、立花サマも同意見なんだ。
「誰かさんはサボるし。真面目にやらない人もいるし」
ちょっとだけギクりとした。
……わたしもほんの少しくらいは、心当たりがあるかもしれない。
「仕事は溜まる一方だった」
でも肝心の立花サマがわたしのことだと言わないんだからいいよね。
「やっと肩の荷がおりたー! 会長にも堂々と報告できる!」
ほら。立花サマは大喜びしているんだから余計なことを言って水を差す必要はないわよね。
でも。
「あ、そういえば会長の体調って」
わたしは高等部に入ってから生徒会に来たわけだし、会長のことは実はよく知らない。ただし身体が弱くて体調を崩しやすいということは最初に会ったときに聞いていた。
「悪くはなってないって」
「よかった……」
立花サマは副会長なだけに個人的に会長と連絡を取り合っているらしい。二人でどんな話をしているのか気にならないと言ったら嘘になるけど、運動神経抜群で健康優良児の立花サマと会長が個人的にする話なんて想像もできない。きっと業務連絡的なものだろうから特に気にすることもないのだろう。
意外だったのは雪子先輩の反応。マイペースで、誰に対しても反応が薄い雪子先輩が会長のことを心配している風なのが不思議だった。去年は同学年として過ごしたんだろうしその繋がりなのかしら。
まあ、気持ちはわかる。
わたしは最初の一か月程度一緒に過ごしただけだけれど、会長はすごく素敵な人だと思ったから。資産家のお嬢様で、育ちがいいってこういうことなんだとつい納得してしまった。元々美人というだけじゃない。なんというか、品ってものが備わっている人だった。そういうのって普通に暮らしているだけじゃ身につかないものだから、やっぱりそういう人って違うなあって思ったんだっけ。
わたしも自分のことを「わたくし」と言って、「だわ」って感じの言い方にすれば少しは近づけないかなって、言葉遣いに気を付けるようになった。まあ、そんな簡単に近づけたら苦労はないんだけども。
「ミサキちゃんも座んなよ」
「あ……はい」
わたしがぼんやり会長に思いを馳せている間にミサキちゃんがお茶を用意してくれた。
ありがとう。そんな意味を込めてミサキちゃんに笑いかけた。
「夏休みもあっという間でしたね」
「ずっと仕事してた気がするけど」
「何してたんだっけ」
先輩方は仕事が終わった解放感でワイワイ雑談を始めた。わたしは生徒会に部活に、あとは雑誌読んでくつろいで、スイーツ作ってSNSに上げてたら一日が終わってたっけなあ。飴細工の修行もしてたし、もちろん日課の朝の占いだって一日たりとも欠かしていないし。
「みんなどうだった?」
誰ともなくそんなことを聞いた。
「あたしは生徒会の他はひたすら部活だったなあ。仕事の合間に練習して」
そうそう。立花サマは中等部の頃からそうでしたよね。毎日ひたむきに練習に取り組む姿が眩しくて。
「試合も結構あったし」
「立花サマはどの試合でも大活躍でしたね!」
わたしもその時はその場にいたんですよね。
「わたくし立花サマの試合はすべて応援に行きましたもの」
立花サマの凛々しい姿を逃すまいと、試合の日はいつもより早起きしてレモンのはちみつ漬けとスポーツドリンクを用意して。たまにビックリされたけども。
「あ……うん。応援ありがと」
立花サマもその時のことを思い出したのかわたしにそう言った。表情が若干作ったような歪な笑みだったけど、わたしはそれに気づかないふりをした。
「い〜え!」
本当はわかってるんですよ。
立花サマはわたしより大事な相手がいるってことにも、恋愛するならその相手は男だろうってことにも。
でもそれに気づいてしまったら、今の関係もなくなってしまうでしょ。せめてこの学校にいる時くらいは甘い夢の中にいたいの。
「わたくし立花サマが活躍するよう、おまじないしてたんですよ。立花サマが全力出せるように」
「なんか呪いみたいだね……」
こうして他愛もない話ができるのも、きっと今のうちだけだから。学生という身分に甘えているの。
「私はチョコ食べるのに忙しかったな。有意義な毎日だった」
「有意義とは……」
わたしの思惑とは無関係にそれぞれの夏休みの思い出話は続く。チョコ先輩は相変わらずチョコの話ばかりだ。
「私は……食べて寝て……たまにお兄ちゃんにドライブに連れてってもらったり」
「迷子になりませんでした?」
雪子先輩は大方予想通り。
あまり二人で話す機会はない相手で、数か月一緒に生徒会活動をしていても未だに雪子先輩のことはよく知らない。
なのになぜか雪子先輩ならそんな生活をしていそうだという謎の説得力を感じた。そんな感じですよねっていう。
「ミサキは?」
「……私、ですか?」
「なんかあったでしょ?」
今度はミサキちゃんの話に移った。
ミサキちゃんは毎日生徒会の手伝いに来てくれていたっけ。数日間帰省して欠席していたけど。わたしにとってはこれまであまり関わらなかったタイプだから、ミサキちゃんの夏休みは想像がつかない。
どんな過ごし方をしていたんだろう。
「私は特に……生徒会のお手伝いと勉強……毎年ぼっちだったので」
わたしが予想だにしない返答だった。
「……あ、なんかごめん」
気まずそうに誰かが言った。
せっかくの夏休みに生徒会の仕事と勉強だけ? え? 高校生なのに?
あまりにも自分と違うミサキちゃんの過ごし方に戸惑っていると当のミサキちゃんが付け加えた。
「生徒会の忙しさがちょうどよかったですね」
そこまで言ってしまうほどなの?
余計なことはやめようとあの日心に決めていたけど、つい手が出てしまった。
「ミサキちゃん、これからは楽しい思い出いっぱい作っていこうね!」
わたしはミサキちゃんの手を握ってそう叫んでいた。
こうなるとわたしはなかなか止まらない。
「今日の帰りにファンシーショップ寄ってこうよ。駅ビルにあるし。帰り道にも美味しいお菓子屋さんあるし」
ついまくし立ててしまう。
だって、あんまりにも寂しすぎるじゃない。せっかくの高校生活なのに当然のようにぼっちなんて。本人が望んでひとりでいるならともかく、ミサキちゃんはそんな感じしないもの。
わたしだったらひとりぼっちは嫌だもの。
そんな衝動に任せてミサキちゃんに放課後の寄り道の良さを説いていたら、立花サマの声がする。
「あ、もうこんな時間」
椅子を引く音がしたからとそちらを向くと、既に帰り支度を済ませた立花サマがドアの方に向かっている。
「あたしこれから部活あるから。後は各々好きにしてて」
「え〜?」
運動部はグラウンドを使える時間が決まっているから時間に厳しいのだろう。でもやっぱり、立花サマと別れるのはいつだって名残惜しい。
「立花サマともうお別れなんて」
「仕事終わったんだし。みんなで勉強しよっか」
チョコ先輩は一見適当な風でいて、案外真面目だ。
「うぇ〜? 夏休みの宿題はほぼ終わったのに……」
「学校に何しに来てんの。学校は勉強するところです。ちゃんとやろうよ」
普段立花サマといる時は適当全開なのに。この先輩も未だによくわからないことが多い。
「チョコ先輩ママみたい」
なのになんでか、自然にポンポン話せてしまう。先輩っていうか、もっと年上のお姉さまみたいに感じることもある。
わたしはしばらくチョコ先輩と軽口を叩き合っていた。本当に他愛もないじゃれあい。
そんなわたし達とは別に、ミサキちゃんと雪子さんは
静に話をしている。
「なになに〜何の話?」
自分のいないところで何の話をしているのかって気になるじゃない。
「こちらの話。希幸にはあまり関係ないわ」
「え〜?」
そんなことを言われても気になるものは気になる。
「関係ないはないですよ! 生徒会のことならわたくしもです!」
少なくとも生徒会室の中にいる間は、わたし達はみんな「生徒会の仲間」。誰一人関係ないなんてことはないじゃない。親しいか親しくないかなんて関係ない。
「いつの間に仲良くなってたの?」
「ひみつ」
少し嫉妬交じりのようなチョコ先輩の言葉も雪子先輩は受け流す。
「ナイショの関係ですか?」
ずるい!
なんだか自分の知らないところで自分と仲のいい子がグループを作っていたみたいで、なんともずるいと思ってしまう。
こんなわたしは未だに子供っぽい? 幼稚というのかしら?
そんな若干の不安を残して、今年も夏休みは終わった。
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