モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

⚙サイドストーリー40

 慶子さんの家に「あの子」が来たそうだ。
 よりにもよって「あの子」が。
 私はすごく苦々しい気分になった。なんで、よりにもよって、「慶子さんの家に」「あの子が来る」ことになるのだろう。何の因果なんだろう。慶子さんが一体何をしたというのだろう。
 とてもいたたまれない。とてもやるせない。悔しくて忌々しい。
 たった一人の愛娘であるリリカちゃんを亡くして間もなく、なぜその元凶の女の子供を育てなくてはならないのだろう。なぜ愛娘の代わりに仇の娘を引き取らなければならないのだろう。
 慶子さんはどれだけ苦しい思いをしているのか。想像を絶する苦しみに違いない。私が慶子さんの立場だったらと想像しただけでもぞっとする。もし私が慶子さんと同じ立場になったとしたら、厳しい仕打ちをしてしまうだろう。子供に罪はなくとも、八つ当たりしてしまうだろうと思う。
 大体、慶子さんの夫も何を考えているのだろうと常々疑問に思っていたのだ。
 妻として母として、慶子さんほどできた人はそういない。私はいつも慶子さんはすごいなあ、あんな風にできたらいいのになあ、などと尊敬しかない。優しく聡明なしっかり者の頼れる女性。冷静で感情的にならないから、母親たちはみんな慶子さんのことを慕っている。
 そんなできた妻がありながらなぜ浮気などできるのだろう。おまけに相手の女との間に子供までいたとは驚きだ。リリカちゃんと同じ年の娘だというからその頃にはすでに付き合いがあったということだ。考えただけで腸が煮えくり返る。信じられない。
 その腐った夫がリリカちゃんを亡くして悲しんでいる慶子さんの元にその不倫相手との子供を連れてきたらしい。
 何を考えているのだろう。平然とそんな真似ができること自体が信じられない。人の気持ちがわからないのだろうか。そんなクズな男となぜ慶子さんは結婚したのだろう。慶子さんが惹かれる理由など一つも思い浮かばない。
 相手の女も女だ。何を考えているのだろう。やっぱり不倫なんかする男女は頭がおかしいのだろうか。
 といいつつ、私も相手の女のことは多少知っている。
 私の娘はリリカちゃんと同い年だから。リリカちゃんと娘は幼馴染であり、慶子さんと私はママ友だからだ。
 だから長年慶子さんがどれだけ夫の不貞に頭を悩ませていたか知っている。
 慶子さんは強い人だから簡単に自分の辛さを他人に話したりしない。自分一人の胸にしまい込んで溜め込んでしまう人。それがこの場合よくなかったのかもしれない。口に出さないから相手に自分の苦しみが伝わらない。慶子さんの苦しさを知らないから夫も平然とあの女のところを訪ねていく。悪循環だ。
 どうしてそこまで耐えているのかと一度だけ本人に尋ねてみたことがある。
『あの子の……リリカのためよ』
 きっぱりとそう言い切った。
 辛さなど微塵も感じさせない顔で。疲れが滲み出た顔で。
『リリカは父親のことが好きだから。大好きな父がそんな真似していると知ったら、悲しむもの。優しい子だから』
 慶子さんはできた人だ。
 私にはとてもできない。
 真っ先に考えるのはリリカちゃんのことで自分の気持ちは後回し。優先順位が一番最後なんだろう。
 でも、それでいいと思っているわけでもないんじゃないか。
 子供は大人が思っているよりはるかに物事を知っているし、はるかに大人になっているものだ。今はよくともそう遠くない時期にすべてを悟るだろう。リリカちゃんは賢い子だからなおさら。
 その時に最も傷つくのはリリカちゃんじゃないのだろうか。慶子さんによく似た子だから、きっと自分がいたから別れられなかったんじゃないかって悩むんじゃないか。
 どう転んでも、慶子さんとリリカちゃんは傷つく結果になる。
 なのに元凶の夫と不倫相手はのうのうと笑っている結果になるなんておかしい。なぜ悪いことをした方がなんの罰も受けないのだろう。おかしい。理不尽だ。
 その元凶の子が慶子さんの元にやってくるなど悪夢だ。夫には慶子さんの気持ちがわからないのだろう。悪魔のような男。
 あの子、元凶の間に生まれた子は本人が何かをしたわけじゃない。けれど、生まれた事情が事情なだけに私も憎くてたまらない。あの子さえいなければ家族の時間はもっとあっただろうし、ちゃんとした家庭で育ったリリカちゃんはもっと幸福だったはずなのに。終いには事故とはいえ亡くなってしまうなんて。
 あの子さえいなければ。
 こう思っているのは私だけじゃない。みんな少なからず同じことを考えているはずだ。みんなそう思っているし、話題に出たときはみんなあの子への悪感情ばかりになる。私だけじゃない。みんなそう思っているんだ。
 だから私があの子を見るたびに苦々しい気持ちになるのは普通のことなんだ。
 ああ、本当に慶子さんはなぜこんな目に遭うのだろう。世の中は理不尽に満ちている。
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