モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

サイドストーリー39

「希幸はいいなぁ……」
 黙々と書類と睨めっこしていた私は立花の独り言につい反応してしまった。
「今日も暑いね」
 身体がビクッと反応したのはほんの一瞬だったし、立花も特に何も言わない。声音に若干苛立ちが混ざっているように思えたのはきっと暑さに対してなのだろう。
 ホッとして心の中だけで胸を撫でおろした。
「……」
 未だに他人の反応が気になってしまう自分に苛立つ。
 希幸のように嫌なことには露骨に嫌な顔をし、立花のように暑さに苛立つくらいが健全なのだろう。
 自分の方から先回りして相手の気持ちを想像したり、厄介事から逃げる前に先んじて回避する。最初から関わらない。こんな逃げの姿勢を第一に考えている私のような高校生の方が世間一般的には不健全だし、社会に馴染めないのだ。
 ちらりと希幸と立花の様子を窺ってみる。
「……」
「……」
 ほら、やっぱり。
 希幸も立花も私のことなど気にしていない。
 同じ生徒会のメンバーとして行動を共にした時間はそれなりに経っているし、交友関係も結んでいる。だが、少なくとも私は他の皆ほど深い交流はしていなかったと思う。
 希幸と立花は中等部からの付き合いと聞いているから私の知らない事情も互いに通じているのだろう。
 三島さんとチョコについては詳しくないものの、生徒会室で初めて出会った頃に比べれば三島さんは格段に明るくなったと思う。出会ったばかりの頃は自信なさそうに卑屈な笑い方をしていた。最近では自然な笑みを見る機会が多くなっていた。
 私だけだ。高校生にもなって、未だに他人と上手く付き合えないとぐずぐず言っているのは。
 密かにどこかシンパシーを感じていた三島さんでさえ、たった数か月で随分変わったのに。
「……はぁ」
 私だけだ。私だけいつまで経っても変われない。一向に成長しない外見と同じく、ずっと精神が成長する兆しが表れることもない。
 私は未だに幼い少女のままでいる。
 ひとりで立てないままで。
「――ところで立花サマ、わたくしのお仕事はもうすぐ片付きそうなんですよね。何かお手伝いできることってあります?」
 一仕事終えたいい顔で希幸が立花に尋ねていた。
 密かに驚いた。
 希幸の担当分は結構な量の清書作業だ。失礼ながらあまり字が上手くないとはいえ、雑に書いたとしても作業量はかなりのものだったはずなのに。もう片付くの?
 驚いた私は処理済のスペースに目をやった。そこには希幸の申告通り、処理済の書類が積まれている。本当にもうすぐ終わりそう。
「さすがに副会長の確認が必要なものはできませんけど。簡単な雑事だけでもわたくしに回せばいいと思いません? その分立花サマは別の仕事に専念できるわけだし」
「たしかに。……ほんとにお願いしていいの?」
「もちろんですとも!」
 半分くらい不審げな立花の表情に対し、希幸は自信ありげに胸を張った。
「じゃあ、お願いしちゃおうかな」
「はいっ!」
 口には出さないけど、立花も本心ではかなり助かるのだろう。
 書記や会計みたいに手を動かす作業は少なくても確認作業は地味に疲労がたまる仕事だろう。書類を一枚一枚しっかり読み込んだうえで、自分の頭で判断しなくてはいけないのだから。加えて必要な時は他の役員に指示を出さなくてはならないし。
「……」
 立花、実は驚いているのかもしれない。
 夏休みの大量の仕事をするのは希幸は今年が初めてのはずなのに予想外に手際が良かったし、自分の分が終わってから手伝うのも意外だった。相手が立花でなくとも手伝ったのかもしれない。以外と仕事をこなせるし周りにも気を回して協力もできる。案外周りが見えている子だ。
 なのに、私は?
 後輩が自分以上にちゃんとしていたという現実を見せつけられた気になって、私はまた勝手に自己嫌悪に陥った。
 窓の向こう側ではまだまだ元気なセミが鳴いている。
 セミにすら先を越されているような気がして、私は更に苛立ちを覚えた。
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