モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

サイドストーリー38

「……いいこと、か」
 あたしの説明に納得した様子で、希幸は自分の仕事に戻った。
 お喋りの時間はここまで。
 そうとでも言いたげに作業に集中しだした希幸の真面目な顔は、意外だけどしっくりきていた。普段は生徒会のワガママ担当みたいな印象だけど案外根は真面目なところがあるのかもしれない。
「……」
 三人でそれぞれの作業に集中していると生徒会室は静かだ。
 運動部もこの暑さでやむを得ず休憩を挟んだのかもしれない。声援がぱたりと止んでいる。冷房が効いたこの部屋も暑いのだから、きっと外は相当なものだろう。
「……」
 書類のチェックという自分の仕事を進めながら、あたしはふと自分が希幸に言った言葉を思い出した。
 生徒会の秘密の特典。
 まさか、たかが学校にそんなものあるわけがない。ただの他愛もない噂話だ。
 昔の無邪気な頃のあたしなら真に受けたかもしれない。けど、今のあたしはあの頃より大人になった高校生。そんなものあり得ないとすぐわかる。
 雪子さんも信じないだろうし、会長も話を聞いてはくれるけどたぶん信じない。チョコとミサキちゃんは話のタネにするくらいには乗ってくれるだろう。それでも、希幸は期待に目を輝かせて信じるのだろう。あの子は良くも悪くも純粋なところがあるから。
 平和な家庭で優しい両親の元、大事に育てられた子なのだろう。
 横目で希幸を見る。
 清書作業にはうんざりといった表情をして、それでも心底嫌だという感じはしない。元気というか、活力のある光を感じる。
 希幸の言動は幼いころから尊重された子にしかないような雰囲気がある。肯定されてきたから無条件で自分を主張することができる。人はそれをワガママというのだろうけど。
 あの子は誰かに似たところがある。
 他でもない、かつてのあたし自身に。
 希幸を見ていると昔の自分の言動を他人を通して見せつけられているような気分になる。既に別れた今のあたしとは違う、別のあたしに。自分がかつて持っていたのに失ってしまったものを他人が持っている。そんな嫉妬にも似た苛立ち。
 嫌いではないのに希幸を見ているとなぜかモヤモヤしてしまう理由はきっとこれなのだろう。
 羨ましい気持ちもあり、自覚していなかった自分の嫌な部分を突きつけられている気分になるのだ。
 誰だって自分の嫌な部分など凝視したくない。知りたくない、聞きたくない、見たくない。目を背けたい。
 というようなことを最近になってようやく自覚した。
「希幸はいいなぁ……」
 ごく小さい愚痴は言ってしまった後で気づいた。
「……」
「……」
 あたりを見回しても、希幸も雪子さんも気づいた様子はない。
 ホッとしたあたしはそっと胸を撫でおろした。
 何を考えているんだあたしは。バカバカしい。
「今日も暑いね」
 きっとこんなことを考えてしまうのは夏の暑さのせいだ。
 口に出した後で自分に言い訳している気がして、あたしはうんざりした気分になった。
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