モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
エピソード30
真夏は暑い。
あたしは無意識のうちに手の甲で顔の汗をぬぐっていた。あっ、やってしまった。ちゃんと清潔なタオルで拭かないからいつまで経ってもニキビが治らないんだ。
慌てて水道に駆け寄って、蛇口を空ける。
「ふー……」
汗や汚れを乱暴に水で洗い流す。これでどうにかチャラだろう。
ふと顔を上げるともう大分陽が落ちてきた。とはいえ、真夏はまだまだ夜と呼ぶには明るすぎるけど。
夏休みもちょうど真ん中あたり。
あたしたち運動部はこの時期に大会が集中している。これぞ夏。昔から運動部一筋だったあたしらみたいな連中にとって、大会というのは一大イベント。だから最大限練習して、最大級の成果を残したい。思うことはみんな一緒だろう。
聖ルイスの運動部はそこまで弱くもないけど、別に強豪というわけでもない。どのくらいかと問われれば中間、平均レベル。部活の雰囲気にもよるけど、努力はするけどダメだったらそれでも仕方がないといったスタンスの部が多い。でもやっぱり勝てるに越したことはない。
なにより、気の合う仲間たちと練習に明け暮れる日々というのはきっと得難いものだから。
うちの学校では特に目立ったトラブルやいじめなどというのは見たことがない。単にあたしが知らないだけかもしれないけど、登校拒否が起こる程度に深刻な事例は誰も聞いたことがないらしい。平和な学校を選んでよかった。
「――かな……」
ぼんやりそんなことを考えているあたしの耳に誰かの声が届いた。
ああ、そうか。
そういえばここって生徒会室の傍だっけ。誰かいるのかな。立花?
自然と耳をそばだてていた。聞き覚えのない声、そこに特徴のある声が聞こえてくる。
「雪子さんのお見舞いに」
この声、もしかして会長?
あたしは気づいたら窓の傍に寄っていた。夏場はなかなか学校に姿を見せない人だから。今は大分陽も落ちたから様子を見に来たのかもしれない。
「――」
「――」
二人は何かを話し込んでいるようだ。
特に気になることもない、ただの生徒会の雑談。相変わらず会長の声は聞いているだけで不思議な感覚になる。
「……三島ミサキさん」
誰かの名前が出た途端、空気が固くなった感じがした。
噂には聞いたことがある。
最近生徒会の手伝いをしているという一年生。正式な役職はないけれど、頻繁に生徒会室に行っているらしい。
学年が違うから顔はおそらくわからないが、同じクラスの一年生が言うのは目立たない子らしい。外見にこれといった特徴はないけど、やたら髪が長い。後はたまに一人でブツブツ喋っているとも。……ちょっとそれ、ヤバい子なんじゃないの?
そんな三島ミサキのことが会長は気になっているらしい。
結局珍しい話でもなかった。
「さて、と」
あたしもそろそろ練習に戻ろう。
まだ七時前。
家が遠い子は先に帰すにしても、あたしはまだまだやれる。
大会で目覚ましい成果を出すためには練習しなくちゃ。
「よし!」
もう一度冷たい水を顔に当てて、掌でパンと弾く。
「もうひと頑張りいきますか!」
あたしは再びグラウンドに戻る。
生徒会のことなどあたしのような一般人にはきっと関係ないのだから。
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