モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード29

『お姫様みたい』

 私がよく言われていた言葉。
 お姫様。白雪姫。
『大人しくて控えめで』『か弱くて』『可愛らしい子』
 周りが私のことをどう思っているかなんて知ってた。子供だから何も覚えていない、忘れるなどと思ったら大間違い。
 子供は大人が思っている以上にいろんなことを知っているし、言葉の裏が何もわからないと思っているのなら、それはさすがに子供を舐めすぎだ。
『あら?』
 でも私はちゃんと知らないフリをする。
 自分が『お姫様』だという自覚があるから。
「雪子!」
「!」
 周りの大人の声を聞こえないふりをするのも疲れたとき。ようやく待っていた声がした。
『ほら、ナイトがお迎えだわ』
 そう、私のナイトは昔からひとりだけ。
 唯一にして最大の理解者で誰よりも信じられる。
「お兄ちゃん!」
 一気に嬉しくなった私は勢いよく振り返る。
「帰ろう」
 そこにはいつもの、笑みを浮かべたお兄ちゃんが立っていた。
 慣れた調子で手を差し伸べてくれる。私も安心して手を伸ばす。
『本当にお姫様ね』
 お兄ちゃん。
 私ね、本当はね、ちゃんと気づいているの。
 ずっと弱虫だから、自覚していないフリをしているだけなの。言い返すことができないから、だから褒められてることを喜ぶことしかできないの。
 大人の声が聞こえてくる。
『ひとりでは何もできない』
『誰かに守ってもらう』
『弱くて可愛いお姫様』
 そう、私はお姫様。
 真白雪子。
 この名前の由来はもちろん。
『「白雪姫」みたいよね』
 

「真白せんぱい…?」
 誰かの声が聞こえた。
 気づいたら私は起き上がっていた。
「あ! 急に起きないでください!」
 いさめるような声。
 最初に目に入ったのは、知り合って間もない後輩の心配そうな顔だった。
「ここは……?」
 あたりを眺めてみると、病室のように見えた。しかも個室。
「病院です」
 やっぱり。
 でもなぜ私が病院にいるのだろう。
「覚えてませんか? 先輩、突然倒れたんです」
「……」
 そういえば。
 たしか私は生徒会室にいたはずだった。今日の分の活動が終わって、あとは帰宅するだけだったはず。
「いきなりバタって。慌てて救急車呼んで……」
 そんなことがあったとは。申し訳ないが、全く覚えていない。
「色々検査したけど異常はなくて。意識が戻るまで休んでてって。でもちゃんと目が覚めてよかったです」
 私が寝ている間にそんなことになっていたとは。なかなか大事だ。
「そう……」
 じゃあ、あれから結構な時間が経っているのではないだろうか。
 最後に時計を見たときは十七時を回っていた気がする。
「お医者さんに伝えないと…うちにも電話!」
 三島さんは家にも連絡せず、ずっと私に付き添ってくれていたのだろうか。
 だとしたら大変だったはずだ。
「あ、先輩のご家族にも連絡済みですから」
 自分は自宅に連絡するのも忘れて?
 そこまで私のことを心配していたというの?
「……三島さん、ずっと付いててくれたの?」
「え? はい」
 スマホを弄り始めた彼女に問いかけた。返答はまさかの肯定。
「言っちゃなんだけど、あなたはただの後輩。付き添う義務も義理もないのに。なのに、一緒にいてくれたのね」
 三島さん、あなたはとても。
「あなたはいい人ね」
 むしろお人よし過ぎるくらいに。
 自分のことを後回しにして、他人ばかり優先しているんじゃないか。ふとそんな心配が頭をよぎった。
「……」
 自己犠牲が過ぎるのは美徳でもなんでもない。
 それは自分のことより他人のことばかりを大事にすることだから。逆に自分をどれだけ犠牲にしても他人のために尽くすということだから。
 自分への加害にもなりうる。
「こんな時に、『仲間だから』って即答出来たらカッコいいのに」
 三島さんは何か思うところがあるのか、しばし黙り込んでから言葉を紡いでいく。
「……私はきっと」
 黙って聞こう。
「……イヤな人って思われたくないだけなんです。いい人って思われたいだけ」
 三島さんがぽつりぽつり話し出したので邪魔しないよう耳を傾ける。
 どこか虚ろな、諦念や後悔を思わせるような顔で彼女は語る。
「嫌われたくないんです。優しい人、いい人って思われていればきっと……誰も私を嫌わない」
 そう、かもしれない。
「ひとりにならなくて済む。そんな下心があるんです……きっと。自分では本心だと思っていても、心のどこかで自分のことを考えてるんですよ」
 それは……みんな少なからずあるものじゃない。
 みんな多少なりとも打算はある。
「私はいい人じゃない。偽善者なんですよ」
 あなたは潔癖なのかもしれないわね。
 私はそうは思わない。
「実際そうだったとしても、たとえ損得勘定の結果だったとしても、私は嬉しかったわ」
 あなたにとっては偽善でも。
 わたしにとっては善意だった。
「少なくとも、私にとって三島さんはいい人よ」
 一度も偽善者だなんて思ったことはないもの。
「すぐに偽善者って言葉を使いたがる人は、素直に善意を示せる人に難癖付けたいだけなのよ。そんな人なんてどうでもいい」
「……」
 大事なのは人がどう思うかじゃない。私が、どう思うか。
「私はそう思う」
 人の考えと私の考えは違うから。
「……真白先輩は強いですね」
「?」
 私が……強い?
 そんなこと、思ったことはないのに。
「いつも我が道を行くマイペースで。私なんて、いつも自分に自信が持てなくて」
 三島さん、それは違うわ。
 いつも自分に自信が持てなくて、いつも怖がってばかりなのは私の方だった。
『まったく、雪子は世話が焼けるなぁ』
 私はただ運が良かっただけ。
 何があってもすぐに助けてくれる人がすぐ傍にいただけ。それだけのこと。
「私…は……」
 今も昔も一人で歩いていけない。
 弱虫の子供なの。
「大丈夫か!?」
 突然勢いよくドアが開かれた。
 聞き覚えのある声にホッとする。
「お兄ちゃん!」
 それはどんな時も私を守ってくれる最愛の兄の声だったから。
「調子はどうだ? 検査はしたか? 気分は?」
 病室に入るや否や、お兄ちゃんは矢継ぎ早に質問を吐き出す。
 内心苦笑しつつもここまで心配してくれる兄に心から嬉しくなる。
「問題ないって」
「そうか! 異常なしで倒れるのも怖いが……」
 心配しつつも、私を安心させるような振る舞いをしてくれるお兄ちゃん。昔からずっとこうだったっけ。
「ああ、三島さん。お久し……ぶりでもないかな?」
 お兄ちゃんはようやく気付いたとばかりに三島さんに視線を向けた。
「妹が世話になったね」
「いえ……特に何もしてませんし」
「何言ってるんだ! ずっと付いててくれたじゃないか。ありがとう」
 お兄ちゃんは三島さんにも優しい。
 なんなら、誰にでも優しい。お兄ちゃんはみんなに優しい。
 二人が話しているのを私は眺めていた。
 優しいし、しっかり者だし、見た眼だって悪くはない。私が知らないところでお兄ちゃんは好かれているのだろう。
 恋人がいても何もおかしなことはない。
 もし、私より優先する相手ができたら?
 ……それは私が最も恐れることだった。
 しばらく世間話をしたのち、三島さんは先に病室を出た。
 お兄ちゃんも送り届けようと思ったんだけど、肝心の車がないのでそれができずに申し訳ないと言っていた。
 なのに三島さんは本気で恐縮しながら「大丈夫ですよ」と固辞した。本当に、三島さんは。

 そしてさらにその後。
 私が帰り支度をしている時にあの人がお見舞いに来てくれた。直接会うのはかなり久々な気がする。
「お加減いかがですか?」
 その声を聞いただけで沈みそうになっていた私の心は一気に浮上し、最高の気分になったのだった。
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