モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード28


 暑い。
 今年の夏はどうなってるんだ? いくら真夏の猛暑真っ盛りだからって、さすがにこれは暑すぎるだろ。
 そこまで暑さは苦手でもない俺でも眩暈がしそうだ。この暑さじゃどこかで誰かが突然ばたっと倒れてもおかしくないぞ。
 あ、ほら。
 実際に真っ青な顔をしてる子がいる。
 真夏だというのに、なぜか長袖のパーカーを着ていて見るからに暑い。ひとりのようだし突然意識がなくなりでもしたら大事だ。
「おい、大丈夫か?」
 意識があるのか、手をひらひらさせて確かめてみる。
「!」
 飛び上がるように反応した。
 よかった、意識はあるみたいだ。
「気分はどうだ?」
 戸惑いがちに俺を見る視線を感じつつ、あまりにも顔色が悪いから、俺は様子を見てみる。初対面の女の子相手にぶしつけだとは思いつつ。
「うーん……真っ青だ。熱中症?」
 救急車、はこのくらいなら呼んじゃダメだよな。
 近くに病院かクリニックはなかったか。失礼かもしれないが、一目見てわかるほど青い顔をしてる。
「あんた……」
 あれ? 思ったより声が低い。
 気づいたら彼女は俺を見上げて凝視していた。知り合いを見るような眼をしている。
「?」
 だが俺はこの子を知らない。初対面だ。
 とりあえずこの人ごみの中ではますます不調になるかもしれないし、近くの公園に移動した。
 俺としては熱中症なんじゃないかとハラハラしていたのに、本人曰く慣れているらしい。元々虚弱で病弱なため、今日のような特に暑い日は簡単に調子を崩すそうだ。なので、一時的にベンチに座って安静にしていたとのこと。本当に大丈夫なのか。
 移動中も俺は心配したのだが、本人の申告通り特に何事もなく公園に到着した。
 そして同時に、彼女ではなく、彼なのだと知った。
 言われないと気づけない俺のこの鈍感なところが彼女と長続きしない理由なのかもしれない。


「そっかー」
 俺はつくづく鈍いんだと自覚しつつ、スポドリの缶を差し出す。近くの自販機には缶しかなった。
「立花ちゃんの弟だったのか。どーぞ」
「どーも」
 離れて見たときは女子にしか見えなかったが、近くで見ると確かに男だ。鼻筋とか骨っぽい手とか、女の子っぽくはない。
 そんなことを考えながら改めて自己紹介する。
「雪子から聞いたことあるよ。雪子の兄の浩です」
「冬也」
「立花ちゃんには妹が世話になってます」
 さすがに毎日とはいかないが、雪子と立花ちゃんは同学年だ。日常の雑談で頻繁に立花ちゃんの名前は出てくる。
 雪子曰く、立花ちゃんはしっかり者で生徒会の副会長。気配りが上手いから周りにも慕われているらしい。その様子が目に浮かぶようだ。
 その立花ちゃんと目の前の弟、冬也はあまり雰囲気は似ていない。これなら姉弟だと気づかないのも無理はない。
「なんか妙な感じだな」
「まあ……」
 妹や姉の学友のきょうだいが対面して話してるとか、妙な感じだ。
 俺たちは公園のベンチに座る。
 しばらくすると目の前に女の子二人組が通りかかった。よく似た彼女たちは楽しそうに笑いあっている。
「アイス食べよーぜ」
「さっきも食べたじゃないですか」
 楽しそうに喋りながら俺たちの前を横切っていく。
「仲のいい姉妹だな」
 微笑ましくなってつい呟いていた。
「双子かな」
 他愛もない話で盛り上がれるのは仲のいい証拠だ。
 隣に目をやると、冬也は怪訝そうな表情を浮かべている。その顔もあまり立花ちゃんと似ている部分はなかった。
「……姉弟でも立花ちゃんと雰囲気違うんだな」
 正直そう思った。
 冬也はスポドリの缶を口元に運んでいた。
「…あ、いや……だからどうしたって話だけど」
 言ってしまってから言い訳のように言い添えていた。なんだか言ってはならない気がしたから。
 しかし冬也は気を悪くした様子はなかった。
 ただ一瞬、あきらめのような、失望のような色がその眼に浮かんでいた。
「そりゃそーだ」
 ぽつり、と言った風に冬也は呟いた。
「血縁的には赤の他人なんだから。似てないのは当たり前だよ」
「え?」
 もしかして俺は地雷でも踏み抜いていたのだろうか。
「なんかごめん。悪いこと言った」
 慌てて詫びたが、冬也は怒るでも悲しむでもなく黙っていた。
「……血のつながりってそんなに大事か?」
「そりゃ、文字通り血を分けた中だし」
 突然言われたことに、俺は脊髄反射のように反応していた。
「どんなことがあっても、やっぱり特別だよ」
 俺にとっては特別だ。
 血のつながりがあるからこその関係、それが家族だから。
 夕暮れ時でもセミは鳴いている。
「……俺んちは」
 冬也はポツリと語りだす。
「再婚同士の連れ子同士。病弱で金のかかる俺を一人で育てるのが大変だったから、苦肉の策で再婚したらしい」
 口を挟むことなく黙って聞いている。
「実の父親は俺ができたとわかってすぐ逃げたから。俺を育てるために大変だった。……すごく苦労したんだと思う。通帳見るたびため息ついてたことも知ってる」
 ただこれだけ聞いていてもかなり重い話じゃないか?
 誰にでも話しているわけじゃないんだろう。出会ったばかりだけど、謎の信頼感があるのかもしれない。
「けど」
 冬也は持っている缶を握りしめた。
「感謝はしてるけど、母さんのことは苦手だ。実の母親より姉ちゃんの方が好きだ」
 きょうだいとして、というのは補足するまでもないだろう。
「薄情に思うかもしれないけど。気持ちに嘘はつけない」
 俺は出会ったばかりだけど、まったく縁がない相手じゃない。
 だからこそ普段言えない本音がこぼれ出ているのかもしれない。
「あの人が姉ちゃんに言ったこと。子供だってちゃんとわかってる。今でもはっきり覚えてる。忘れられない。何もできなかった自分の無力さも、イヤと言うほど覚えてる」
 母親に対しては複雑な感情を抱いてるんだな。
 先ほどから冬也は缶を握り締めていたけれど、表面が少し凹んだだけで、潰れるということはなかった。
「今も俺は弱いままだ」
 ちょっと同情した。力弱いんだなって。
「……年に似合わず」
 茶化すような空気じゃないとはわかっているけど。
「大人びてるというか、達観してるというか。じじくさいな」
「じじっ!?」
 結果として俺は茶化すようなことを言っていた。ごめん。
 しかし本当にそう思ってしまったんだ。
「俺がお前くらいの時は……」
 思春期真っ盛りだったからな。
 アホな話題で盛り上がってたっけ。グラビアとかそういうの。
「……」
 でもこの雰囲気の中で言うのもなぁ。
「何黙んの?」
「教育に良くない」
「は?」
 中学生にこの手の話を振るのもあれだよな。
 俺が直接言うまでもなく、冬也は察したようだ。やっぱり大体わかるよな。
「そーゆーの妹が嫌がるだろ」
「まあな」
 話が早くて助かる。察しのいい奴で助かる。
「歳離れてるし、学校で会わないし。動画なら形が残らないし。バレないように」
 俺も気を遣ってたんだ、実は。
 雪子に幻滅されたくないし。俺自身も気まずい思いはしたくないし。
「気を遣ってるのかそれ……そこまでして見たいのか」
「そりゃな」
 というか、こいつは逆に関心がなさすぎるんじゃないのか。
 中学生って言ったら一番その手のことに興味津々な年頃じゃないか。
「お前だって気になる子いるだろ?」
 俺はいた。
 冬也は誰かを思い浮かべているようだ。
「興味は……ある」
「なんだその間」
「つか」
 今まで自分ばかり話しているという気分になったのか、冬也は俺に話を振って来た。
「そんなに興味津々なのに、なんで妹の世話ばっかしてんの? 彼女とかいねぇの?」
 たしかにこの流れでその反応になるのは自然な流れだ。
「フツーの兄妹ってそんなにベタベタしてんの?」
 冬也は自分と立花ちゃんの関係がいわゆる「普通」ではないと自覚しているのだろう。だから俺と雪子の関係を「フツーの」兄妹と言っているのだろう。
『お兄ちゃん!』
 幼いころの雪子の姿が目に浮かんだ。
 だから俺は。
「守るって、言ったから」
 俺にとっては必要以上にベタベタしているとは思っていない。
「昔、守るって。俺が自分から言ったんだ」
 冬也は俺をじっと見ている。
「雪子は気が弱くて。自分から人に話しかけられなくて。ずっとびくびくしてて」
 いろんな意味で「弱い」女の子。誰かが守ってやらなくちゃ、すすに倒れてしまいそうな子だった。
「俺がいるから大丈夫だよって。雪子が安心できるように。だから」
 俺が守るからって、約束したんだ。
 安心させたくて指切りした。あの時にはじめて、雪子は安心して笑ったんだ。
「子供の頃の話だろ?」
 冬也の声が俺を回想の中から現実に引き戻した。
「なんで今も律儀に。もう高校生だろ。甘やかしすぎじゃね?」
 うん。俺も自覚はあるんだ。
「過保護は本人のためにならないし」
 おっしゃる通り。
 それは正論なんだが、世話して保護するのが身体に沁みついてるというか。
「それはわかってるんだけど……俺にとって、雪子はたった一人の妹だから。どうしても甘くなっちゃって」
 全力で頼られたら兄貴としては困るより嬉しいが勝ってしまうんだ。
「ダメな兄貴だよな。いい加減妹離れしないと」
 誰よりも一番俺自身が思ってる。
「彼女作ろうかな……」
 そうすれば強制的に妹離れできるかもしれないし。
「鳴ってるぞ」
 冬也の指摘でスマホの振動に気づいた。
「あ、ほんとだ。どっからだ」
『ピッ』
 スマホには珍しく着信通知が表示されていた。
 珍しいと思いつつタップしていくと、そこには病院と表示が出ている。
「……え? 病院!?」
 うちの家族はみんな健康で病院など馴染みがない。それだけにただ病院から連絡があるというだけで必要以上に動揺する。
 しかも。
「雪子が運ばれた!」
 なおさら過剰反応してしまう。
 雪子が? どうして? 何があった?
 俺は考えるまでもなく、軽くパニックになりながら応えていた。
「すぐ行きます!」
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