モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
エピソード26
あたしの場所。
ずっといたはずなのに、近頃は居心地が悪い。完全な闇の中に一筋の光、希望が差し込む感覚に辟易する。
原因はあれだ。
「満たされる……」
あたしの背後で鎖が揺れる。
急に眩しく感じたのは気のせいではないのだろう。あたしはそのまま顔を上げた。
眩い光の中でミサキが笑っている。
こんな風に笑った事なんてあったっけ。こんな心からの笑みなんて浮かべたことはあったっけ。
「ダメだよ」
あたしの心に一気にどす黒いものが広がっていく。水に墨汁が沁みていくように。無色透明だった水があっという間に墨汁の黒に染められていくように。
「あんたはそんな顔しちゃ」
きっとミサキは誤解しているだろうが、あたしはミサキの敵じゃない。
けど、だからといって憎しみが微塵もないわけじゃない。
他ではなかなかないであろう、なかなか複雑な関係。
あたしたちは顔を合わせるといつも険悪な空気しか作れない。それが「三島ミサキ」という人間だ。
「なに?」
ミサキは上機嫌でスマホを弄っていた。
きっと生徒会の合宿で写真を撮りまくって来たのだろう。今までここまで長く一緒にいる友達なんていなかったから。大はしゃぎでパシャパシャやっていたのかもしれない。
中学の頃は角ちゃんという友達もいたが、彼女は聖ルイスの試験で不合格だった。あの時はなかなか気まずい空気が流れたものだった。
「またあんた?」
あたしがそんなことを考えていると、ミサキはこちらを睨みつけてきた。
「いい加減にしてよ。せっかくいい方に向かってるのに」
今までの上機嫌は嘘のように、ミサキは苛立ちながらあたしに言う。
「ジャマしないで! あたしはあんたとはちがう」
ミサキは気づいてるんだろうか。
「意地悪じゃない。僻みっぽくないし。周りに合わせられる」
自分が喋ってる「あたし」の欠点は。
「ちゃんとしてるの! あんたと一緒にしないで!」
かつてあんた自身がずっと嫌っていた「ミサキ」の欠点だってことに。
おそらく自覚のないまま、ミサキは続ける。
「本当はあの中に入りたかったくせに。関われなくて」
ミサキが想像しているのは小学生の頃の光景。
あたしはいつもひとりで過ごし、毎日ひとりで下校していた。
なんでもないフリ、どうでもいいフリをしながらも、気づいた時にはあの子を見ていた。
リリカ。
あの子の周りにはいつも多くの人が集まっていた。子供も大人も、男女問わず。みんなリリカが大好きだった。
本人は何も特別なことをしなくとも、自然と人が集まる。少し古い言葉で言うところのカリスマ性のある子だった。
どこに行ってもひとりぼっちのあたし。
どこに行っても大勢に囲まれるリリカ。
何が違うんだろう?
「あの子に嫉妬して」
そう、あたしは間違いなく嫉妬していた。
「羨ましいなら勇気を出せばよかったのに。向き合わないで逃げてばかりで」
あんたが言うな。
すかさずそう言い返してやりたい衝動に襲われたが、あたしも少しは冷静になろう。
「……大人ってさ」
ここで言う大人は誰のことなんだろう。
実はあたし自身もわからないままだ。
「子供のいじめに対して、勇気を出して立ち向かえとか、強い心を持てとか。ものすごく簡単に言うよね」
すごく簡単に。
この言葉の重さなんてほとんどの人が自覚してないんだろう。
「本人の苦しみなんてわかんないくせに。頑張れって追い打ちを平然と言う」
ミサキは口をはさまず聞いている。
「本人は死にたいくらい苦しんでてもね。まさしく他人事だもん。自分とは関係ないから気軽に励ますんだ」
本当に、あたしは誰に向かって言っているのだろうか。
「そういう人って一度も逃げたことないのかな?」
「何が言いたいの?」
ミサキがあたしを睨みつける。
なんだかちょっとだけ嬉しくなってきた。
「べつに? ただ」
昔みたいにトゲトゲした顔になるのかと思うと、どこか楽しい。こういうところが嫌がられるんだろうという自覚くらいはあるけれど。
「あんたも大人になったな、って」
案の定、ミサキは即座にムッとした。
「不満があっても気に入ってるんでしょ? 今のこの暮らしが。へたくそな愛想笑いして、無難に空気を読んで気疲れして。大人だよね」
ミサキには十分わかっているのだろう。
これが皮肉だって。
「よっ大人! すっご〜い!」
「……」
心からそう思う。
ミサキは「大人」だ。
まもなく激しい音がして、あたしが見たかった表情になった。
「そうそう、そのカオ。あんたらしいじゃん」
取り繕った愛想笑いが消えたミサキの顔は、あたしと瓜二つだった。
もちろん、あたしとミサキの関係からして同じ顔なのは至極当然のことなのだが。
久々に浮かべた険しい顔は無理して作り笑いするよりずっと正直にミサキの気持ちがありありと浮かんでいる。
「いい加減にして。二度と出てこないで」
本当にミサキは大人になった。
つい口走りたくなったけれど、あたしは黙っていた。そしてこの言葉を聞いて「やっぱりか」とある意味納得をした。
「私は……あんたとは違う」
「あたし」はとうとう「ミサキ」にも強く拒絶されたのだ。
「やっぱり……ね。ついにあんたにまで嫌われたか」
最初からわかっていた。こうなるだろうって。
昔からずっと同じだったじゃないか。そこに至るまでの過程が多少違うだけで。
もはや最初から期待なんてしていなかった。
なのに、なぜあたしはガッカリしているのだろうか。ひょっとしたらミサキだけはあたしを受け入れてくれるかもしれない、などと甘えていたのかもしれない。
「はは……嫌われるのには慣れてるさ」
結局、あたしは自分自身にも嫌われて、拒絶された。
もう慣れっこだ。
それは事実なのだけど、今回だけはやたらと胸が痛い。
あたしはいつになっても誰からも必要とされないんだ。自分自身からでさえも。
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