モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
エピソード24
おれは冬也、最近名前が「高坂冬也」にかわった。
今まではずっとおかあさんとふたりきり。おとうさんは生まれたときからいなかった。おとうさんなどずっといないのが当たり前だったから、さいこん?っていうのをしたからできた「あたらしいおとうさん」と「りっかさん」という家族がふえた。おとうさんってこうやってできるものなのかはよくわからない。
おかあさんはおとうさんのことはべつに好きじゃないらしい。おとうさんのほうはおかあさんがとっても好きらしい。おとなのことはよくわからない。
りっかさんはおれのお姉さんだという。お姉さんってこうやってできるものなのかもよくわからない。おれの方はりっかさんのことが気になってるけど、りっかさんの方はおれのことが嫌い。
やっぱり、おれはここでもいらないんだな。
前と変わらずすむ場所もあるし、ごはんもあるし、学校に通えるから。それだけでもいいや。
「ごはんだよ」
そんなことをぼんやり考えていると、りっかさんの声がきこえてきた。ごはんができたらしい。
今日もりっかさんはイライラしているのがすぐにわかった。ふたりで「いただきます」して、こげた卵焼きをたべる。
「……」
おいしくない。
味が濃くて、あちこち焦げてて苦くて、ぜんぜんおいしくない。
でもおれは火を使ってごはんなんか作れないし、りっかさんはちゃんとごはんを作ってくれてるんだから。
「おいしい…よ?」
うれしい顔で、よろこんでる顔で、ありがとうって。ちゃんとそんなかおしなきゃ。
めーわくで、いらないんだから。
せめて人にいやな思いをさせないようにしなきゃ。これ以上じゃまって思われないようにしなきゃ。
ごめんなさい。
おれがいてごめんなさい。
りっかさんは学校からかえってきてからも家じゅうのごみを集めていた。そのくらいおれもできそうだけど、前にやってみたらぶんべつ?ができていなくて最初からやり直すことになってしまった。だから何もしないのが一番のお手伝い。
見ているだけなら簡単そうに見えるのに、おれはりっかさんのようにぶんべつがわからない。おれだけどう見ても何もできない。
ぼんやりそんなことを考えていたらいつもの痛みがきた。
もう慣れっこだし、このくらいで忙しそうなりっかさんのじゃまをしちゃいけない。そう思ってがまんしていようと思ったのに、今日の痛みはいつもとちがった。どくん、どくん、って。胸のあたりが痛い。
りっかさんにいえばいい?
それともこのくらい、おれひとりががまんしていればいいんだから?
でもだまっていたらもっとめいわく?
そんなことが頭の中をぐるぐるめぐっていて、おれは気づいた時にはりっかさんに助けてと言いたくなっていた。
「あんた!」
おこられる。
すぐにそう思ったけど。
「真っ青じゃん!? すぐいいなよ!」
しんけんな顔で言われたのは思っていたのとちがっていた。
あせったような、こまったような、ひょっとしたら心配してくれたのか? そんなことを思ってしまうようなすごくひっしなかお。
おれはこんな時なのに、苦しいのと同じくらいうれしいと思ってしまった。もしかしておれのためにそんなかおしてくれたのかも、って。
そんなきたいをしてしまった。
「えっ?」
そしてそのきたいは間違ってないような気がした。
「だから、一緒においでっていったの。試合に」
りっかさんがサッカーの試合に連れて行ってくれるって言った。聞きまちがいじゃない。二回言ったんだから。
「……」
じゃまじゃ、ない?
りっかさんはふしぎそうな顔をしている。
「なにそのカオ」
「うん!」
これはもしかして、ひょっとして。
ついていってもめいわくじゃない? さそってくれた?
まだりっかさんはおかしな顔をしてるけど。おれはすっかりうれしくなってしまった。
おまけにりっかさんはチームで一番ゴールを決めて、また点を取った。他の子たちにかこまれるりっかさんはヒーローそのもの。
おれにはとてもできないことだ。あんなにすごい人がおれの姉ちゃんだと思うとすごくうれしい。
「すごいや!」
くらくなった帰り道でもついしゃべりすぎてしまう。
あんなにかっこいいりっかさんを見てると、おれの方まで元気になる気がする。うれしくて、ついべらべら口がうごく。
「おれ、小さいころから身体よわくて。運動できなくて見てるだけだったんだ」
おれがどんなにうれしかったか。それをりっかさんに伝えたくて。
「同じ年の子に声かけても――」
仲間に入れてもらえないし、おかあさんはいつも忙しそうに仕事に行って疲れて帰ってきてかまってくれないし。
運動できないやつがいるとチームはめいわく。「できちゃった」(よくわからないけど)からしかたなく育ててるからいらない。そんな風に思われるのも仕方がないのはそうなんだろう。
「おれってめーわくでいらないんだって。だから今日、誘ってもらえてうれしかった」
こんなおれに声をかけてくれてありがとう。
たとえりっかさんにとっては他のりゆうがあったとしても、おれがうれしかったのは本当のことだから。
そんなきもちを伝えたかった。
「……」
りっかさんは少しの間だまっていた。
おれ、やっぱりこういうことは言わない方がよかったかな。すぐにこうかいしたけど、次にりっかさんは想像しなかったことを言い出した。
「ごめん……」
りっかさんの方を見ると泣いていた。
なぜなのかわからなくてなにも言えずにいたら、りっかさんはもっとしゃべりだした。
「ひどいこといって、ごめん!」
何のことだろう。
おれは心当たりはなかった。
「あたし……ずっと自分の子とばっかりで。あんたに八つ当たりしてた」
やつあたり? なんだろう?
「本当にごめん!」
おれはやつあたりって何のことかわからないけど、りっかさんにとっては「ひどいこと」と思うようなことなんだろう。
「……おこってないよ」
よくわからないけど、おこってないのは本当だから。りっかさんはなにもわるいことなんかしてないんだから。
でも、おれは少しだけ甘えてみたくなった。
わがままを言ってみたいって思ってしまった。
「でも……かんけいないのはさびしいから」
言っていいのか直前まで迷った。
けど、試合を見に行ってもいいって言ってくれたから。おれも少しだけ勇気をだしてみようって思った。
「『姉ちゃん』って、よんでいい?」
顔を上げるのがこわかった。
いつもじゃまとかめーわくって言われてきた。でもおれだって、だれかにすきって言ってほしかった。いっしょに遊ぼうって声をかけてほしかった。
「いいよ」
ながい時間がたったような気がするけど、りっかさんにとってはほんの少しの間だったんだろう。
りっかさんはわらっておれのてをにぎってくれた。
ただそれだけで、おれはここにいていいんだって心から思えたんだ。
それから。
りっかさん、いまは姉ちゃんのごはんはまずかった。
「そんなにいれてへーき?」
「へーきだよ! みんなこんな感じだもん」
「そーかーなー」
今日はごはんの作り方の本をよみながら、きった野菜をドバドバなべにいれていく。ほんとうにへーきなのかな。
「食べてみなって。絶対美味しいから」
自信たっぷりに姉ちゃんはそういうけど、本にのってる写真と全然いろがちがうし、においもすごくきつかった。
「う…うん」
だいじょうぶ、だよね?
「……」
「どう?」
姉ちゃんはおれの方をにこにこして見てたけど、正直なかんそうは。
「まずい……」
「えっ?」
すごくショックを受けた顔をした姉ちゃんはおかしいな、って顔をした。
「絶対あんたにおいしいって言わせてやるから。今に見てなよ」
ムキになってそう言った。
「おれまたあじみするの?」
ずっとこのごはんを食べることになるの?
そんなふまんがでてきた。
ここでおれはビックリした。前はごはんを作ってもらえるんだからそれだけでかんしゃしなくちゃって思ってたのに。今はまずいって思っていることを言える。すごくかわった。
きっとまだまだまずいごはんを食べるんだろう。でも、今はじぶんの思ったことをそのまま言ってもいい。ただそれだけですごくしあわせだ。
おれは姉ちゃんのとなりにいられればそれでいいや。
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