モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
エピソード21
草木も眠る丑三つ時……ではないけれど、夜になった。
八時ちょうど。夏休みだし、まだまだ「夜中」というわけでもない。
「肝試しはじめよー!」
特に怖いわけでもない時間だけども、希幸は満面の笑みで宣言した。
活動が長い部活ならば、これより遅く帰る子もいるかもしれない。正直、私は全然怖くなかった。
楽しそうな希幸を、立花はやれやれといった表情で見ているのが印象的だ。前より態度が柔らかくなってる気がする。
「ノリノリですね……怪談好き?」
三島さんはこのメンバーの中で最後に生徒会に来たせいか、まだ人間関係が完全に理解しきれていないのかもしれない。
「怪談っていうか……吊り橋効果的な」
「ああ」
私の一言であっさり通じた。三島さんってこういう知識はあるし、頭の回転はいい方なんだろう。
「用務員室に予備のロウソクがあるから、取り換えて戻ってくる。2人づつペアで行動ね」
私たちに立花がルール説明する。よくある肝試しのやり方だ。まあ、わざわざ古い校舎を往復する意味はよくわからないけど。
きっと真面目な立花のことだから、昼間の休憩中にでも備品を調べるか、あらかじめロウソクを置いておいたんだろう。私にはまねできない。
「くじ作っておきました!」
いつの間にか希幸もくじを作っておいたらしい。そんな情熱があるなら、仕事もささっととこなせそうなのに。
「私はここで待ってる」
私は今日も迷子になったから疲れてるし、ひとりで休んでいよう。
それに私とペアになったら気を遣うだろうし。自分が扱いづらいという自覚はある。
参加しない私以外の四人でくじを引く。
そういえば、チョコは怖がってたみたいだけど、大丈夫なんだろうか。
別に心配してるわけじゃないけど。
「赤です」
「白だよ」
「私も赤。って、これ……」
三島さんは赤、立花が白、チョコが赤。
ああ、やっぱりね。想像通りの展開だ。
「わたくし、立花サマとペアです」
まるでくじを引く前から決まっていたかのように、希幸は白。
みんな思ってるんでしょうね。
私以外の三島さんとチョコも「絶対細工してる……」って顔面に書いてある。
別にいいんだろうけどね。
ロウソクを差し出しながら、うきうきした顔で希幸は言った。
「じゃあ、赤チームお先にどうぞ」
「えええ? 私らから?」
楽しそうな希幸に対して素早くチョコが反応したけど、希幸はにこにこ満面の笑みでロウソクを押し付けた。
「……」
立花には見えない位置だけど、私の位置からは彼女の表情がはっきりわかった。
『邪魔しないでくださいね?』
それは表面だけで笑っているだけで、内心では「わたくしと立花サマの二人きりの時間を邪魔すんな」と思っているのだとよくわかった。背の低い私の視点からは見上げる形になるので、なおさら迫力がある。
「……はい」
さすがのチョコも恋する乙女のプレッシャーにはかなわなかったらしい。
希幸の恋する強さはまあ、私も見習うべきなんだろう。
「行きましょうか、先輩」
ミサキちゃんは幸いにも希幸の表情は見えなかったらしく、いつもの調子で言った。
この子もお化けは平気なんだろう。なにげにうちの生徒会メンバーって、お化けとか平気なのよね。
「気を付けて」
私はこういう時の定型文として言っただけだけど、チョコが過剰反応した。
「何に!?」
何って……お化けじゃないの?
私は緩く手を振って、ドアの隣に座りこんだ。
チョコと三島さんが出発して十分ほど経っただろうか。
「そろそろあたしらも出発しようか」
「ですねー!」
立花と希幸がロウソクに火を灯した。
行き先が同じだから、時間差で出発するようだ。じゃあ行き先替えればいいのにと思ったけど、なんかそういう決まりがあるのだろう。
「じゃあ、行ってきます」
「ひとりで大丈夫なんですか?」
心配そうに立花が尋ね、希幸も一応聞いてくる。
「二人の邪魔はしないわ」
「いや……それは――」
「そうですか? 悪いですね」
立花がしゃべりきる前に、希幸が照れながら遮る。わかりやすい子だ。
「平気よ。私はお化けとか信じてないから」
本当にそうなのだ。
私はお化けは特に怖いわけじゃない。なんで怖くないのかと聞かれても、怖くないから怖くないとしか答えようがない。
「真白先輩って、お化けより強盗が怖い派でしょ?」
「なにその派閥? でも、そうね。いるかわからないお化けより、実際に被害に遭う可能性が高い強盗の方が怖いわね」
「ですよねー!」
希幸は私の意見に同意した。
占いやおまじないを信じる子なのに、とちょっとおかしくなった。
「あれ? じゃあ、なんで希幸は肝試しやろうと思ったの?」
「行きましょ、立花サマ!」
当然の疑問を立花が挟もうとしたとき、都合が悪いのか希幸が遮って強引に引っ張っていった。
古い建物故に、歩くたびにぎしぎしと鈍い音が響く。
たしかにお化けがいるとしたら、こういう場所は絶好の肝試しの舞台よね。子供だったら本気で怖くなるかもしれない。
「……」
子供の頃にでも、お兄ちゃんと肝試ししておいたらよかったかも。
私はドアの隣に座りこんで考えてみた。
お兄ちゃんと肝試し。
どんな怖いことが起こっても、お兄ちゃんは私を助けてくれるんだろう。それが無理だとしても、私の手を引いて逃げてくれるんだろう。
なんて幸せな――
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「なに!」
絹を裂くような悲鳴が聞こえて、私は飛び起きた。
どうやら、幸せな夢を見ていたらしい。
せっかくお兄ちゃんと肝試ししていい雰囲気になっていたのに。
静かだった廊下が大きく揺れたと思ったら話し声が聞こえて、その後数人分の女子の悲鳴が響いてきた。
「でたあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「何が?」
私としてはそうとしか言えないじゃない。
しばらくして戻ってきたみんなの説明を聞いたけど、よくわからなかった。
チョコと三島さんは何も妙なことはなく、希幸はそれまで話していた立花がドロドロに溶けていて、立花は手をつないでいた希幸がカラカラになっていたらしい。
それって、もしかして出たってこと?
それともただの勘違い?
前にあの人から、この学校ではたまに不思議なことが起こるって話を聞いたことはあるけど……このことなのかしら?
しばらく考えていたけれど、不思議なことに理屈をつけてもどうにもならないのだ。
眠くなってきたことだし、今日は早く寝てしまおう。
明日も溜まった書類を処理しないといけないのだから。
ふと窓の方に視線を向けると、無数の淡い光が見えた。
ああ、きっとお盆だからだ。
私はぼんやりそれだけ思って、そのまま眠りに落ちていった。
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