モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード19

 部活の都合で長らく決まらなかった夏合宿の日程が、とうとう決まった。
 あたしは、ほっと胸をなでおろす。ようやく一山超えた心地だ。
 夏合宿は去年も行われたけど、毎年メンバーは入れ替わる。進学や進級の都合で。これはどうしようもない。
 去年いた先輩方は卒業してしまって、今年は新しく1年生が二人加わる。
 ひとりは中等部からの知人である北南希幸。
 もうひとりは、今年から聖ルイス女学院に入学してきた三島ミサキちゃん。
 ミサキちゃんは最初こそ緊張しているようだったけど、数カ月間同じ生徒会役員として放課後に活動してきて、すっかり馴染んだ。
 元から知り合いだった希幸はもともと臆するような性格じゃないらしく、すでにムードメイカーのような存在だ。ただし、男子がいるだけで機嫌が悪くなるけど。
 新しく知り合ったミサキちゃんは、最初こそ引っ込み思案で自信がなさそうな感じだったけども、付き合ってみるとなかなか図太いところがある。繊細層に見える割にどこかふてぶてしく見えるんだけど、これはあたしだけかな?
「異議なしです。立花サマとお泊り!」
「希幸、遊びじゃないよ?」
 ホワイトボードをマジックでたたくと、すぐに希幸は嬉しそうな顔をする。一応たしなめておく。希幸もわざと過剰反応してるんだろうけど。
 あたしも周りも知っていることだけど、あたしは希幸に気に入られている。
 尊敬する先輩という方向じゃなく、もっと近い感じに。
 女子校では運動神経のいい女子に人気が集まるというけども、そのイメージは間違っていない。男子がいないとちょっと運動が得意というだけで特別な眼で見られることが多い。
 まあ、あたしとしては運動よりも容姿端麗の方が重要なんじゃないかと思うけど。
 その点でいったら、うちの会長はかなり人気者だろう。実際密かにカルト的な人気があるし。
 雪子さんも会長のことが気になっているらしいし。いろんな意味で。
 そんなことを考えていると、この場の全員があたしを見ているので一言添える。
「あたしの都合優先で悪いね……」
「スポーツ特待だもの。仕方ないわ」
「そーですよ!」
 雪子さんがすかさずフォローし、希幸も同意した。
 ミサキちゃんだけは物思いにふけっているようだ。なにやら頬が赤い。
「……」
 自然とあたしたち三人の視線はミサキちゃんに集中した。
 あまりにもぼんやりしているから、希幸は手をひらひらさせる。はっとした顔になり、ミサキちゃんは我に返ったらしい。
「あ……すみません」
 とりつくろっても、頬の赤みは消えず、希幸と雪子さんが「へえー? そーなの?」と言いたげな眼でミサキちゃんを見ている。二人ともそういう話好きなんだね。
「……なんですか?」
 少し苛立った顔をしたミサキちゃんに、希幸はすかさず親指を立てる。なんなんだ。 
「もう揃ってる?」
 とそこへ、生徒会室のドアが開いて、今の生徒会メンバー最後の一人が顔を出した。
 噂をすれば影。
「今日も暑いねー」
 最近の暑さの話をしながら、話題の日と登場。プリントを持ってるということは、別室で書類の確認をしてたのかも。あたしの前では特に仕事してないのに。
「おっ、ミサキ!」
 ミサキちゃんの姿を見つけると、どこか嬉しそうにチョコは笑った。
「……こんにちは……」
 なぜ照れるの、ミサキちゃん?
 希幸じゃないけど、何かあったのかと思わずにはいられない。ちょっと前までもっと引っ込み思案といった感じだったのに、馴染んだね。
「あついよねー」
 案の定、希幸は楽しそうにニヤニヤしちゃってまあ。恋バナ好きだね。
「違いますからね?」
 ミサキちゃんは慌てて否定するけど、意識してるように見える。ほんとに何かあったでしょ。
 ここで冷やかしたら希幸と同類だし、あたしもフォローくらいしておこう。
「いいじゃん」
 立ってるのも疲れたし、椅子に座りつつあたしは言う。
「好いてもらえるって嬉しいことだよ。そっぽ向かれるより、よっぽどね」
 放置されて、自分を見てもらえないって、すごくつらいことだから。あたしの頭の中に依子さんの顔が浮かんだ。
 同時に、昔の冬也の顔も。
 あの頃の冬也は、あまり笑わなかったし、全然甘えてこなかった。年不相応に我慢が身についていて痛々しかった。
 きっと、あたしも似たような顔をしてたんだろうけど。
「日程決まったんだ。今年も夏って感じだね」
 チョコがホワイトボードの文字に気づいたらしく、呟いていた。
 それに気づいて、ミサキちゃんが席を立つ。
「ひと段落ですね。お茶入れますね」
 まったく、ミサキちゃんは。
 ちょっと会わないうちに、すっかりチョコに甘くなってるね。ついでにあたしたちの分も淹れてくれるのはありがたいけど。
「合宿といえば」
 茶葉をポットに入れている途中で思い出したようにミサキちゃんが言った。
「クラスの子たちが言ってたんですが……」
 お茶請けはテーブルの上だ。今日は雪子さんがせんべいを持ってきていた。
「出るって本当ですか?」
 出る。
 出る?
 出るって、何が?
 あたしはすぐには「なにが」というのがわからなかったけれど、希幸がなぜか嬉しそうな顔をしている。
「使い魔が?」
 チョコが自分を抱きしめながらおびえた顔をした。
 ああ、使い魔か。
 うっかり納得しそうになって、でも学校で何の使い魔なのだと思いなおして、あたしは我に返った。
「使い魔?」
 ミサキちゃんが不審そうにチョコの方を見た。
 そりゃそうだよね。いきなり使い魔とか言われてもね。
「いや……だからその……アレだよ」
「アレ?」
 ミサキちゃんは去年はいなかったしね。チョコがビビるものを知らなくてもしょうがない。
 希幸は特に興味もないらしく、ただ紅茶を飲んでいる。雪子さんはせんべいを齧ってるし。
「チョコは相変わらず怖いんだ? アレが」
 去年の様を思い出し、あたしは思い出して笑った。普段図太そうなのに意外なものがダメなんだよねえ、チョコは。
「……ああ」
 ミサキちゃんは一人で納得している。たぶん想像とは違うだろう。
「チョコ先輩も意外と可愛らしいですね」
「たぶん想像してるのじゃないよ?」
 余裕が出てきたらチョコをからかうミサキちゃん。おとなしそうに見えて結構押しが強いというか……こういう性格だったのか。
 ようやくあたしも、ミサキちゃんの言う「アレ」が怪談噺の類だと気付いた。そんな、アレとかぼかさなくてもいいんじゃないの。
 そこに雪子さんがしゃべりだした。せんべいを齧りながら。
「うちの学校にもあるわ。その手の話」
 雰囲気を出そうとしているのか、いつもより低い声で雪子さんは語りだした。
「……夜の学校。部活棟の宿泊室……夜な夜な聞こえてくる……」
 ああ、これはあたしも聞いたことあるやつだ。
 予想通りの続きが雪子さんの口から語られる。
「一枚、二枚、三枚……ああ……全然足りない」
 何度聞いても思う。
 これ、怖いかな?
「それ、怖いですか?」
 やっぱりミサキちゃんも特に怖くなかったか。誰も特に怖がってないし。
 盛り下がるのもなんだし、あたしも知ってる話を語ろう。
「あたしは別の話知ってるよ。生徒会のヌシの話」
 実在したらいいのにと思う怪談話だ。
「夏の夜に生徒会室に入った子が見たんだって」
 夜中、生徒会室の戸を開けると、そこには――
「赤毛の少女が、溜まった書類の処理をしていたそうだ。しかも処理スピードが早いとか……」
 あたしの話はこれだけだ。
 しばらく間があった。
「って、それだけですか?」
 まだなにかオチがあるのかと、ミサキちゃんは律儀に待っていたが、残念ながらこれだけだ。
「うん、それだけ」
「ただの小人さんじゃないですか」
 そう、靴屋の小人みたいな話だ。完全にファンタジーの域だ。
「来てほしいよね。ただ話によると、その小人さんは会長に似てるらしいよ」
「会長にですか……」
 希幸は初めて興味を示した。ミサキちゃんは面識がないし、希幸だって数えられるほどしか会っていないはずだ。
 まあ、会長は虚弱だからなあ。
「秋になれば会えると思うよ」
「楽しみです」
 ミサキちゃんは本当にそう思っているのかわからないけど、とりあえずそう言ってくれた。
 会長は特にとがった人でもないし、誰ともうまくやれる人だから心配ないと思うけど。ミサキちゃんとも仲良くやるんじゃないかな。
 とりあえずあたしは、この間の抜けた怪談話をまとめる。
「まあ、うちの学校の噂話なんてこんなもんだよ。だから、安心して合宿できるんだ」
 幽霊を見たとか、心霊現象の被害とか、その手の話を聞いたことないしね。
 あたしの話を聞いたミサキちゃんは、どこか安心したように頷いた。
「はい」
 

 そしてそれからすぐ、終業式があり、聖ルイス女学院の夏休みが始まる。
 今年は特別な夏になりそうだ。
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