モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
エピソード18
「へぇ? プール行ったんだ?」
初めての友達と遊びに行ったこと。
それを報告した時のチョコ先輩は、嬉しそうに眼を輝かせた。
あれ? 予想と違う。
戸惑いったせいで、お茶の支度をする私の動作が止まる。
「楽しかった?」
「はい」
私は内心で驚いていた。
チョコ先輩は、私の複雑な気持ちに気づいていないらしく、そのまま嬉しそうに言う。
「よかったじゃん。ミサキが楽しかったならなにより」
すごくうれしそうだ。
私はなんだか居心地が悪い。
「……」
「なにその反応?」
怪訝そうに聞かれる。チョコ先輩は相変わらずにっこりしてる。
なんでそんなに喜んでくれるの?
私はあくまで、ただの後輩なのに。
「予想の反応と違うので……」
私の想像していた反応は、「私も誘えよー!」って悔しがっている顔だ。
「私はそんなイメージなんだ?」
控えめに大人っぽい笑みを、チョコ先輩は浮かべる。
「まあしょうがないよ。不在だったりするからね」
あまりにも予想と違う反応に驚きを隠せず、ついお茶を運ぶのが遅くなってしまった。先輩の前にポットとカップを置いた。
先輩はそっとカップを手に取る。
「気にすることないよ」
ただそれだけ。
ただそれだけのことなのに、私は胸が高鳴るのを一瞬感じた。
どきん
すぐ我に返って、自分でもおかしくなる。
なに……どきって。
チョコ先輩は女の子、同性なんだ。
私にその趣味はないから!
なぜか自分に言い訳する。
しかし、どきどきは収まらない。
先輩はそんな私をいぶかしげに見ている。
居心地が悪い。
ちょっと困ったと思っていると、いきなりドアが開いた。
「立花サマー!」
希幸さんの声だった。
きっと今日も、立花先輩に会うためだけに生徒会室に来たのだろう。
「おー希幸。立花はまだだよ。部活じゃない?」
入口の方を向いているチョコ先輩からは私は見えないだろう。
けどきっと、希幸さんには丸見えなんだろう。それでも私は、このどきどきを止めるすべを知らない。
「……」
ほらやっぱり。
希幸さんには私の照れなんて見えてる。
「ジャマ者は消えます」
その一言で、チョコ先輩も私の動揺に気づいたのだろう。
「私は別に……」
「違いますっ!」
その空気に耐えかねて、ようやく私もいつもの調子に戻る。
私は希幸さんみたいな趣味はありません、女子が恋愛対象でもありませんから。
「えー? そんなカンジでしたよー
「きさはすぐそれだ」
希幸さんとチョコ先輩の軽口を背後に聞きながら、私はせめてプリントでも片付けようと机に向かう。
まったく。
私とチョコ先輩はそんなんじゃない。そういうのじゃ……もっと別の。
具体的に「そういうの」も「もっと別の」がなんなのかなんて私自身にもわからない。
わからないけど、違うんだ。
詳しくは知らないけど、希幸さんが立花先輩に向けるような気持ちじゃない。
もっと別の何かだ。
それをなんというのかわからないから、私も混乱してるんだ。
「職員室行ってくる」
「はーい」
チョコ先輩が処理済みの書類を届けに職員室に向かった。
私はあくまで書類整理とかお茶の準備とか、そんな簡単なことしかしてないから詳しいことはわからない。正式な生徒会のメンバーじゃない。よく考えてみたら、私の立場ってよくわ
からない。
「ねえ」
書類の清書をしているらしい希幸さんが不意に話しかけてきた。
「ミサキちゃんはさー、チョコ先輩のことどう思ってる?」
ただの雑談のつもりなのか。
希幸さんはさりげなく気を使ってくれたのかもしれない。二人きりだと生徒会は広すぎるから。
「私も4月からの付き合いだけど、あの先輩ミサキちゃんには甘いよね」
そのさりげない一言で、さっきの言葉がよみがえってくる。
『ミサキが楽しかったならなにより』
『私にはミサキが必要だ』
生徒会に誘われたときに言われた言葉もよみがえってくる。
たしかに、チョコ先輩は私に甘いかもしれない。いつも欲しかった言葉をくれる。私だけを特別扱いしてくれる。
私が本心ではずっと求めていたのかもしれないことを叶えてくれる。
「ただ『先輩だから』って感じじゃないのよ。特別な扱いというか」
同じことが引っかかっていたのか、希幸さんも「特別」という言葉を使った。
その後茶化すように言った。
「ひとめぼれかしら?」
「まさか」
即座に言い返す。
そんな単純な話じゃないし。
「それとも、前に会ったことがあるとか?」
その可能性は考えてみた。
けど。
「……ないと思います。一度会ったら忘れませんよ、ああいうタイプ」
「まあね」
私はいろんな意味でチョコ先輩みたいなタイプは初めてだった。これまであんな風に最初から好意的に接してくれた人はいなかった。
「やっぱりひとめぼれ?」
「なんで恋愛的な発想になるんです?」
嬉しそうに言う希幸さんには悪いけど、どうしても私はそっちの気はないと否定する。
恋をしたいなら、別学でも男子にすればいいのに。近くに男子のいる学校がないわけじゃないのに。
「あら。好きになったら性別なんて関係ないわ。人を好きになるのはリクツじゃないじゃない」
こういう話となると大好物なのか、希幸さんは饒舌になる。
「考えてから好きになったり、嫌いになるわけじゃないもの。気づいたら好きになってる。恋は落ちるものよ」
その言葉を聞いた時、プールでの真白先輩の顔が脳裏をよぎった。
あの時の真白先輩はなんともいえない表情をしていた。
私は希幸さんの言葉をかみしめるように反芻してみる。
好きとか嫌いとか。
恋とか愛とか。
同性とか、友達とか、きょうだいとか。
……親子だろうが関係なく。
好きになるのも、
嫌いになるのも、、
理屈じゃないから。
感情ってそういうものだから。
そこまで考えたとき、あの人の顔が浮かんだ。
好きも嫌いも関係なく、どうあっても関わらなきゃならなかった人。
「――そう、ですね」
私は今、どんな顔をしているのだろう。
怖い。
ここから逃げなくちゃ。
バレたらきっとみんな引く。
実際、希幸さんは眼を見開いている。
「ちょっと気分がよくないので」
「えっ?」
「保健室に行ってきます!」
「ミサキちゃん!?」
希幸さんは説明が必要だったことだろう。
しかし、私にそんな余裕は残っていなかった。
保健室目指して一目散に部屋を飛び出す。
はやく、はやく行かなくちゃ。
誰にも見られたくない。
ようやく保健室のベッドに腰かけた。
ここならもう平気。誰にも見られることはない。
安心したら、もうすっかり馴染んだあの感じが襲ってきた。
意識が徐々に浸食されていく感じ。
そして私は気づいたらあの場所にいた。無数の歯車が浮かんでいる暗い場所に。
カチカチと音を立てて歯車は廻る。
「また来たんだ? 飽きないね、あんたも」
あの子が呆れたかのように軽口をたたく。
私もできることならこんなところ、来たくないのに。
「あなたは……なんなの?」
今日の私はやや肝が据わっていた。なんとなく、言いたいことが言えそうな気がした。
「子供のころの私の姿で。私の分身? もうひとりの私ってやつ?」
ここまで言い終えたとき、あの子は深いそうな顔をした。
けど一瞬でいつもの皮肉気な笑みを浮かべた。もしかしたら、私と同一にみられるのが一番気に障ることなのかもしれない。
「ちがうね」
あの子はまっすぐに私を見る。
今度は私が怯む番だった。
「あんたは、何ひとつ咎められない。潔白だって思ってる?」
それは、私が認めたくないことだった。
私じゃないのに、なぜ知っているのだろう。
「影はあんたの方じゃない」
影は私の方。
それは痛いほどよく知っていることだ。
何も言えずにいると、満足したのかあの子は笑った。
「……まだ早いか。今のあんたじゃね?」
その言葉とともに、光る鎖が見える。
鎖。
その奥に何があるのだろう?
「覚悟ができたら、また」
あの子はそのままじわじわと闇と一体化し、そして消えてしまった。
私は次第に明るくなっていく光の中で、呼ぶ声を聞いた。
「ミサキっ!」
最初に目に入ってきたのは、今にも泣きそうな必死な顔をしたチョコ先輩の顔だった。
慌てて起き上がると、ほっとしたようにチョコ先輩は言った。
「よかった! いつものミサキだ!」
状況が呑み込めない私に、チョコ先輩は説明してくれる。
「希幸からきいたよ。無理はダメ」
「すみません……」
簡単な説明だけど、それだけ心配してくれたんだろう。
ようやく気が休まるとばかりに、いつものシガレットチョコを口に含む。
チョコ先輩は、本気で私のことを心配してくれた。
誰よりも私の気持ちを察して、気に留めてくれる。
とくん。
この胸の高鳴りはウソじゃない。
「チョコ先輩……」
私は、チョコ先輩が好きだ。
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