モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
エピソード17
表札が見えた。
『三島』
前に話していた住所とほぼ同じだし、きっとこのあたりなんだろう。
「お兄ちゃん、注意して見てて」
「はいはい」
運転席のお兄ちゃんは、ちらりと私の方を見て、再び前を注視した。私は腕時計の方を見る。待ち合わせの時間からして、そろそろ出てくるはずだ。
一人うなづいて、再び前を見る。
「よかったよ」
しばらく速度を落として走る車の中、お兄ちゃんはなんだかうれしそうにそう言った。
「なにが?」
「なにがっていうか、おまえも誰かと遊びに行くんだなって。安心したよ」
「……」
本気でホッとした顔をするから、私はちょっといら立つ。なんだか人付き合いが下手だと思われているみたいで気分が悪い。まあ、実際社交的な方じゃないけど。それでも人並みに友達はいる。
「でもさ、後輩だろ? 同い年の友達は? グループ分けの時に困ってないか?」
「同じ学年なら立花がいるし。グループも、その時に一緒になるように打ち合わせしてる友達もいるし……」
「そういうのは友達っていうのかな?」
「別にいいでしょ!」
私のことなんて。
どうせ彼女とお出かけするんでしょ?
私が邪魔なんでしょ?
……夏なんて大嫌い。
お兄ちゃんに寄ってくる女がいるから。
「あっ! あれじゃないか?」
話題を逸らそうとしているのか、お兄ちゃんは前方を指さす。
そこにいたのはまさしく迎えに行こうとしていた三島さん。
「そっち行って」
「了解」
すぐに私たちは平静を装う。いや、それは私だけ。お兄ちゃんはいつでも平静だもの。
かけてくる三島さんのところに車を付けて、私は窓を下げた。
「おはよう」
「真白先輩? どうして……」
三島さんは驚いている。前に帰りが一緒になった時に話したんだけど。
「前に聞いたじゃない。乗って」
私は後部座席を指さす。
すかさず安心させる笑みを浮かべるお兄ちゃんは自己紹介をする。ほとんどの女の子は嫌な印象なんて抱かないであろう笑み。
「はじめまして三島さん。雪子の兄の浩です。いつも妹がお世話になってます」
「いえ……」
初対面の相手には、お兄ちゃんはかなり印象がいい。年下相手でも礼儀は忘れないし、物腰は柔らかいし。ただし、長く付き合うにはちょっと難あり。
「――雪子を届けるついでだよ」
「ありがとうございます」
「……」
私がちょっとそんなことを考えこんでいる間に、やけに仲良くなっている。お兄ちゃん、三島さんみたいなタイプに優しいんだ。なんとなくほっとけない系に甘い。
それからしばらく、とりとめのない話をしつつ車を走らせていると、やがて目的地に到着した。
「じゃあ、俺はここで。楽しんでおいで」
「いってきます」
最初から別れ際まで、お兄ちゃんは「爽やかで優しい兄」という印象を残していた。
「ステキなお兄さんでしたね。仲良しで羨ましい」
ほら。初対面の三島さんだってすぐこれだ。
「……別に」
正直おもしろくない。いつもなら取り繕えるのに、今日は我慢できずに素が出てしまう。
「そろそろ時間ね」
それを三島さんは見ていたけども、私はそれを誤魔化した。
三島さんは何かを言いたかったようだけれど、ちょうどいいところで立花と希幸が待ち合わせ場所に到着した。
「お待たせです!」
私服のふたりは学校で会う時以上に親密そうだった。
「あのふたりは……」
まるで恋人みたい。
「んっ?」
とはいえない。
「なんでもないわ」
一瞬だけでも羨ましいと思ってしまった。
同性愛と近親愛なら、無理なのは後者。わかりきっている。
でも、それでも諦められない私はおかしい。
「行きましょ」
プールの招待券を出して、私たちはプールに入場した。
それから数時間、私たちは遊んだ。
厳密に言えば、私は主に涼しいところで昼寝をしていたのだけど。
「立花サマ、次あっち!」
「待って希幸!」
タラソセラピーというものがあったので、そこでゆっくり寝ることにした。やけに眠い。
いつの間にか、隣に三島さんがいた。
「今日はありがとうございました。私、誘われたの初めてで……」
本当にそんな子がいるのか。私は三島さんのことはよく知らないけれど、たしかにおとなしい方だとは感じるけれど、そこまでコミュニュケーションが苦手そうには見えない。活発ではない、イコール友達ができないというわけではないし。
「ちょっとは普通になれたみたいで」
「……普通?」
引っかかった。
普通?
普通って何だろう?
「アナタの言う『普通』って何? どういう意味?」
それは私がずっと知りたいと思っていることだった。
普通って何?
三島さんはそれまでのくつろいだ表情が嘘のように、厳しい顔をした。
こういう表情の方が彼女らしいと思うのは、私の気のせいだろうか。
「普通は普通です。友達がいて、家族と仲良くて、テストで一喜一憂して……それが普通! 違いますか!?」
三島さんの言ったことを整理すると、普通になれた気がする、ということはそれまで普通ではなかったということになる。
そして彼女のいう『普通』というのが、友達がいて家族と仲良くテストで一喜一憂すること。
ということは、三島さんは友達がいなくて、家族と仲が悪くて、テストで一喜一憂していないということ?
「みんなと同じなら安心できる! だってそうじゃないと」
「ひとりになっちゃう」
三島さんは息切れを起こしながら言いきった。 すっかり表情は険しい。
「私は別に気にしないけど? ひとりだからなんなの?」
たぶん、私と三島さんは「ひとりが平気か否か」という点では決定的に違うのだろう。
別に私はひとり行動、いわゆるおひとりさまは平気だ。が、三島さんにとっては耐えがたいことなのだろう。
かといって、その違いを責める気は毛頭ない。
「それは、ひとりになったことがないから言えることです」
しかし、三島さんはひとりが平気な人間がいるのが信じられないのか、そんなことを言う。彼女にとって、よほど譲れないことなのだろう。
だったら、私も少しは本心を明かさなければ悪いような気がしてきた。
「そうね。たしかに私は経験ないわ。だって――
」
経験がないことだけ言うつもりだったのに、口が滑る。
なぜか、三島さんには話してもいい気がしたから。
「私にはひとりより怖いことがあるもの」
何かに突き動かされるように、私はすらすらとその先をしゃべっていた。
「自分の気持ちを否定されること。私はそれが一番怖い。届かないってわかってる」
ここまで言ってしまったら、なんとなく感づかれるかも?
いつもの私なら、自制できていたはず。なのにしゃべってしまう。
「叶うはずないのに。ほんとバカみたい」
三島さんは大人しいけど、こういう時は鋭いと思う。言ってしまって後悔したけれど、もうどうにもならない。
「……」
あれだけ激しかった三島さんは黙り込んでしまった。
バレてしまったかしら?
バラされちゃうかしら?
しかし、立花と希幸と合流しても、三島さんは何も言わなかった。
「そろそろ帰らない? 今日はすごく楽しかった」
「わたくしも」
「私も」
まあ、秘密を守ってくれるタイプでよかった。
「また出かけたいね」
この一言で今日は解散だ。
三島さんがなにやら思うところがあるようだけれど、今の私はもう眠くて、今日はもう頼らないと決めていたお兄ちゃんの車を呼んだのだった。
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