モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
エピソード16
私は夏が嫌いだ。
その、嫌いな夏のある日のこと。
「まいど〜」
夕食の材料が足りなかったから買い物に出かけていた。肉と魚を買ったし、あとは野菜を適当に。
買い物を終えて帰ろうとしたときに声をかけられた。
「あっ! 待って嬢ちゃん!」
この「嬢ちゃん」というのは私のことだろうか。
足を止めて振り返ると、八百屋の店主が小走りで寄ってきた。
「運試ししてきなよ」
言いながら何かを差しだす。数枚の紙。
見ると、どうやら福引券らしい。こんなのやってたんだ。
1等の景品はハワイ。
バブルの人じゃあるまいし、今時の女子高生が喜ぶとでも思っているのだろうか。
……でも、まあ。
有料のわけでもなく、福引会場が遠くにあるわけでもない。ただの運試しだ。
私は特に深く考えずに福引所に行く。
「いらっしゃい!」
それに、ハワイなんていう遠くならば邪魔者はいない。
係員は渡した福引券を確認すると、「3回ね」と言った。
最初こそハワイなんてと思っていたはずなのに、いつのまにか私は真剣に当たればいいと思っていた。
(ハワイ、ハワイ、ハワイ……)
念じながら、意を決して回す。
出てきたのは白い球。
「! これは……」
係員がベルを鳴らした。
これは、もしかしたら、もしかすると――
翌日、私はいつものように生徒会室に向かっていた。
結局当たったのはプールの招待券。
がっかりはしたものの、しょせん運任せの福引なんてこんなもの。むしろ当たっただけラッキーだ。
ここ最近の暑さでみんなもくたくただろうし、誘ってみんなで行こう。
そのつもりで向かっていたわけだけど、扉が開けっ放しになっていた。
生徒会室にいたのは立花と希幸と三島さん。
ああ、これはもしかして――
「何? 立花追試?」
「真白先輩」
入口付近で立ち尽くしたまま、三島さんがこちらを見る。
「座りましょうよ。いいものがあるから」
なんでこんなところで突っ立ってるのかしら?
「それでいいものって……」
「これよ」
室内に入って、お茶の準備を整えた後で、私は手に入れた招待券を見せる。
「!」
希幸と三島さんが驚いた顔をした。立花は特に変化はない。
「福引でもらったの」
本当はハワイがよかったとか、そういうことは言わない。
「こ……これは!」
私は知らないプールだけど、二人は知っているらしい。特に希幸は眼の色を変えている。そんなにプールが好きなのかな。
「最近できたばっかりのプール! 雑誌に載ってた!」
「しかも5枚も!」
さすが、流行に敏感な希幸はこういう情報に詳しい。相当レアなのか、やけに驚いている。
「せっかくだから、一緒にって」
「いいんですか?」
三島さん。
「ええ」
どうせお兄ちゃんには断られたし。
「水着買わなきゃ」
希幸は女子ばかりだからここまで嬉しそうな顔をするんだろうな。男子がいたら絶対に行かないといいそう。
さて、残るはひとり。
「立花も行くでしょ?」
「あたしは勉強……」
追試だものね。でもね立花、私と1年生のふたりの三人で行くとなると、誰がバランスを取るの?
「……」
「はい……行きます」
私がそれを眼で語ると、すぐに立花は降伏した。そう、それでいいのよ。「たまにコワイ」とかぶつくさ言ってるけど、最終的には立花だって行きたいでしょうに。
「あ、チョコ先輩は?」
うまく話がまとまったところで、今さらながら三島さんが呟いた。私も気づかなかった。
「そういえば、今日は見てないね」
「お休み?」
立花と希幸は心当たりを思い出しているようだけど、私は、
「親しくないから」
実はチョコのことはよくわからないから苦手だ。わかりやすい人は付き合いやすいけど、わからない人は何が好きで何が嫌いかわからないから難しい。
「雪子さん知りません?」
「学年違うから」
年齢は同じはずだけど(チョコは3年生のリボンの色をしてるし)、学年は違う。私は留年してるし。
そして今日、はじめて三島さんがしていた勘違いが明らかになった。
「会長がいないと進みませんね」
「えっ?」
これには私たち全員が驚いた。チョコが会長? ……そんなわけないじゃない。
「えっ?」
「ミサキちゃんさ、チョコが会長だって思ってる?」
「違うんですか?」
わざわざ私が説明しなくても、こういう時は立花がしてくれるからありがたい。
「チョコに会長が務まるかな?」
そう、それよ。
「あの人」以外の誰に私はついて行きたいと思うだろうか。
「え?」
「会長は別にいるんだけど、虚弱体質でね。夏はあたしが代理やってる」
体質なんだからしょうがない。立花はしっかりしてるから、副会長にぴったりだ。
「じゃあ、チョコ先輩は……」
「庶務だよ」
それからしばらく、立花による会長の人物像の話。三島さんはよくわからないという顔をしている。無理もないけど。
けど。
「……」
私は会長が好きだから。
対して好きでも詳しくもない人が会長の話をするのはなんだか嫌だ。
そんな気持ちで三島さんを見ていたら、向こうも私を見る。別に三島さんがキライなわけじゃない。
ただ、好きだと思う人を取られるのがイヤなだけだ。
「お茶飲んだら書類片づけね」
誰が言うでもなく、これからの予定が決まる。
それがこの生徒会という場所だ。
だから私も安心してここにいられる。
「じゃあ待ち合わせね。プール前に9時集合」
私がそう言うと、三島さんはこれまで見せたことがない満面の笑みを見せた。
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