モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
エピソード15
放課後の音楽準備室は私の好きな場所。大好きな合唱に打ち込めるから。
ほら、耳をすませばピアノの音に乗って、軽やかな歌声が聞こえてくる。ティーンの伸びのある高い声、ハスキーな声。それは耳に優しくて、自分も歌っていることも忘れて聞き入ってしまう。ダメダメ、ちゃんと歌わないと。
「〜♪〜!」
おなかの奥から声を出すのが気持ちいい。身体にたまった毒とかモヤモヤしたものが一気に出ていくような爽快感がある。歌には癒しの効果があるというのも納得だ。私は合唱で音楽療法をしているのかもしれない。
「じゃあ、ちょっと休もうか。各自水分補給してね」
部長の声がかかったところで、合唱部一同は途端にそれまでのきちっとした姿勢を崩す。私もその中のひとりで、カバンの中から新発売だという飴玉のパッケージを出す。周りの子も何人かは同じことをしている。
「――はグレープが好きだっけ?」
「ありがと」
休憩の時には、自然とこうして飴玉交換会になる。休憩中に交換し合う飴玉はすごく好き。光にかざすときらきらして宝石みたい。
私は飴玉を舌でもてあそびつつ、窓の外を眺める。窓ガラスの向こう側では運動部の子たちが汗を流している。
そろそろ夏も本番だし、夏休みの練習スケジュールも回ってくるころだ。
私は2年生だから去年の部活も経験してる。殺人的に暑い通学路を歩いてきて、それからこの程よく冷房が効いた音楽準備室で声を出すのが快感だ。なんていうか、すごく青春してるって感じで。
「たのしみ〜!」
ちょうど窓から視線を外したとき、背後からキンキンした声が響いた。すごく特徴のある声で、こういう声質の子はあまりいないんじゃないかと思う。甲高いというか、キャピキャピしているというか。アニメ声って感じじゃないんだけど、『いかにもな女の子』という形容が似合う声だ。声の主はアイドルのライブで黄色い悲鳴を上げてるのが似合うような子。
彼女の名は北南希幸。今年入学したばかりの1年生だ。中等部からそのまま高等部に進級してきた。その意味では珍しくも何でもない、むしろ多数派だ。それでもこの子が何かと目立つように感じるのは、1年生で生徒会役員をやっている点だ。
別に絶対に1年生は役員になれないわけじゃない。ただし、役員の推薦がいる。うちの生徒会は自治権を持っていて、大なり小なり学校に干渉する権限が認められている。だから大抵の場合には役員は2年生からという暗黙の了解があるのだ。だから北南さんはちょっと珍しい。
そんな彼女は休憩だからとお菓子を片手に雑誌を眺めている。周りには1年生の子が集まって。発売したばかりのティーン誌の最新号。私はまだ買ってないのに。華やかなモデルが微笑みを浮かべる表紙を掲げながら、彼女は楽しそうに微笑んでいる。取り立てて美人という顔立ちではないけど、でもなんだか可愛い感じのする子だ。
他の1年生だったら勇気を出して注意してるところだけど、彼女に対してはなぜかそんな簡単なことができない。なんだか妙な迫力というか、オーラのようなものを感じる。普通にしている分には、どこにでもいるちょっとかわいい感じの子なのに。
私は自然と聞き耳を立てていた。
「夏休みにはどこか行きたいよね」
「プールとかいいんじゃないかな。涼しくなりそう」
「駄目よ! プールなんていやらしい男がうようよいるじゃない!」
「希幸は本当に男嫌いなんだから」
にぎやかに彼女たちは笑う。でも、北南さんは真剣そのものの表情で、顔じゅうで嫌悪感を表現している。よほど男子が嫌いなのだろう。子供の頃に何かひどい目にでもあったのだろうか。
北南さんは見た目も気を配ってる感じだし、クラスでもリア充グループが似合うんだし、その気になれば彼氏なんて簡単にできるだろう。なのにずっと女子とばかり遊んでいるようで、私はちょっとだけ不思議な気がした。ああいうタイプは熱中する対象が欲しいのだと思っているから。
だから今の話を聞いて腑に落ちた。
へえ、男嫌いなんだ?
私は意外な一面を知ったような気がした。それと同時に、どこかホッとした。何に、なのかは自分でもわからないけど。でも、安堵とした。よかったと思った。
そういえば北南さんは生徒会役員だっけ。書記だって聞いたけど、私が知っている分にはあまり上手といえない。むしろ下手だ。
「……」
「――どしたの?」
飴玉を砕く音がして、それと同時に背後に気配を感じた。
はっとして振り返ると同学年の違うクラスの子がいた。あまり話さないからどう反応したものかと迷ているうちに、彼女は私の視線の先に気づいたらしい。
「ああ、北南さんね」
「あ、うん」
「部活に参加できるんだから、生徒会も案外暇なのかもね」
「あのさ、北南さんって書記だよね?」
「へ? そうみたいだね。なんでも立花を追っかけて無理やり入れてもらったらしいよ」
立花というのは生徒会の副会長だ。スポーツ特待生に選ばれるほど運動神経がいいと有名だ。部活をい
くつも掛け持ちしているらしい。それだけ聞くとなんだか癪な万能少女という印象だけど、立花は勉強が苦手だという噂だ。やっぱり物事というのはバランスが取れるようになっているらしい。
「なに? もしかして生徒会に入りたいの?」
「まさか!」
反射的に大声を出していたので自分でも驚いた。むきになっているみたいで恥ずかしい。
「……ごめんなさい」
「いや、別にいいけどさ。生徒会はまだ空きがあったんじゃなかったっけ? 庶務が空いてると思ったけど……」
真剣に考えだしたので、私は慌てて止めた。別に生徒会に興味があるわけじゃない。
「いいの。本当にそんなんじゃないから。ただの世間話!」
「ふーん? で、北南さんに興味あるの? でも彼女は立花しか興味ないみたいだよ」
「だから、そんなんじゃないんだってば!」
もう、なんでそんな話になるのやら。私はただ北南さんについての世間話がしたいだけなんだって。
「はいはい、そろそろ練習再開するよ!」
ここで休憩が終わりらしい。部長が大声を出して部員を収集しだした。
私はやっと落ち着いたと胸をなでおろす。残っていた飴玉を急いで砕いて喉の奥に流し込んで。
「〜♪」
再び歌いながら思う。
あの子は、北南さんは、もしも男子と付き合うのならどんな相手を選ぶのだろうか。
優しくいたわってくれる相手? 俺様系? それとも少女漫画ではいつも報われない王子様系?
どれも違う気がする。
男嫌いを突き破ってくるような予想もできないような人。型にはまらないタイプなんじゃないかな。優しくされるのは意外と嫌いそう。
たとえば、弱さとか脆さを抱えた男の子なんじゃないかな。見た目はそれほど重要ではなさそう。考えだしたらこんな男子、あんな男子と妄想が止まらない。まるで北南さんと誰かをくっつけて、想像の中で遊んでいるようだ。
私はたったひとつ年下の女の子のことを、こんな妙な想像の材料にしている。私の趣味の悪い面が出たようだ。こっそり小説を書くのが趣味で、人間観察はその一環だから。
いつか彼女をモデルにしたお話を描いてみたいと思っている。一見平凡な女の子が、いろんなしがらみを乗り越えるお話。北南さんがモデルならなかなか面白い話になるんじゃないか。
私の中でストーリーの輪郭が浮かび上がる。
夏が終わったらさっそく書き出してみようかな?
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