モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード13

 夜。
 わたしはまだ、みんなからのプレゼントを見つめていた。
 久しぶりに祝ってもらった……
 その事実が嬉しくて、ちょっとだけ申しわけなくなる。
 高価なプレゼントなんていらない。
 ただ――
 
 愛して欲しい、肯定して欲しい。ただひたすらにそう思う。

 これってそんなに高望み?
 人間なら当たり前でしょ?
 別に承認欲求をこじらせてるわけじゃない。
 最低限の肯定は、存在の肯定だと思うから。
 でないと、私は、
「もてあましてしまう」
 この、未だに消えない感情を。



 気づいたら、私はまたあの場所にいた。
 無数の歯車がカチコチと音を響かせる場所に。なんとなく、この場所がなんなのかわかってきた気がする。
「イイ顔になったじゃん」
 目の前にはあの子が立っていた。愉快そうに口をゆがめている。
 にやりと意地悪く笑うと、私に背を向けて言った。
「スカッとするでしょ」
 自分の気持ちを言い表されたような居心地の悪さを感じた。この子はきっと、私の写し鏡。私自身。
「自分に正直になると。あの時だってそうだった」
 あの時、どの時?
 心当たりはいくつかあるけれど、この子が言っているのはきっと――
「思い出してみなよ」
 カチコチと音がして、目の前が暗くなっていく。
 それから逆に視界が明るくなって、私は見覚えのある場所を歩いていた。
 まだ幼い私は、教室に入ると毎日のように女子の視線を浴びていた。それまで仲良く盛り上がっていたようなのに、私を見た途端にくすくす笑いに変わった。
「なんて言ったっけ? ああいう子」
 クラスの中央の机に座り込んで髪をかき上げている子が私を見ている。
 なんて言ったっけ? そんなの知ってるくせに。
 リリカという名のその子は、私とは他人じゃない。むしろかなり近い間柄だ。
「ふてぶてしい? 図々しい? ねー? なんだっけ?」
 うるさい。
 知ってるくせに白々しく知らんぷりをする。
 恵まれた子の得意げな表情が癇に障る。できるなら今すぐにでも殴り掛かって、そのキレイな頬をグチャグチャにしてやりたい。
 でも、そんなことをしたら後で困る。
 男子がひるんで逃げるなか、私はただそっぽを向くことしかできない。
 我慢だって自分に言い聞かせながら。
 そんな私の態度も癇に障ったらしいリリカは大声で怒鳴ってきた。
「ママが言ってたわ! カエルの子はカエルだって!」
 わかってる。
 カエルの子はしょせんカエルでしかない。
 キレイで愛される女の子になんてなれっこない。
「あんただって、ろくな大人にならないんだから!」
 この子の「ママ」も大人なのによくそんなことを言う。状況的に言いたくなるのはなんとなく察せるけど。子供は関係ないと思わないのだろうか。
 キレイな服。
 おいしいご飯。
 おしゃれな家。
 この子は全部持ってる。それが当たり前だって思ってる。
 比べて、こっちは我慢ばかり。
 なんで?
 なんであたしが?
 

 私ばっかり!

 耳障りなくらい、歯車の音が響く。いつしか私はあの場所にいた。カチコチ、かちこち。
「我慢ばっかりイヤになるよ」
 あの子は私の気持ちを代弁した。
「……」
 何事か考えたようにあの子は口を開く。
「イイ子なんてやめちゃえ」
 それは私の本音、本心。そして、ずっと望んできたことだ。誰の目も気にせずに自分の好きなように振る舞えたら。
 更にあの子は言葉を重ねる。
「お母さんみたいに」
 一瞬、歯車の音が大きくなった気がした。
 お母さん。
 いつも忙しそうにしてたけど、たまに収入があった時はゲームを買ってくれた。優しくしてくれた。明るいひとだった。
 でも。
 あの人は私にやさしかった。けど、それは。
 本当に私のためだったの?
 雨が降って寒い日にも私は外で待っていた。メモがあってパパに電話したって書いてあった。パパはきっと忙しいのだろう。
 水たまりを踏む音がしたからそっちを見たら、不機嫌そうにパパが立ってて、まず言ったのはお母さんの名前だった。
「マサキは? せっかくの休みなのに……」
 面倒くさそうに頭を掻いて厄介者を見る目で私を見る。
「手のかかる奴だな」
 その言葉には照れ隠しとか、喜びとか、そういう感情はなかった。ただ面倒なだけ、厄介なだけ。眼がそう言っている。


「――子供ってなんなんだろうね」
 ぽつりと、あの子が言う。
「相手の気を引く小道具? ……冗談じゃない」
 この子は私自身。
 この子が言っていることは私が言いたかった言葉だ。
「いちいち巻き込まれる方は、たまったもんじゃないんだよ!」
 そう。私はずっとそれを言いたかった。はっきり自分の意思を主張したかった。
 でも、言えなかった。
「それで結局――」
「消えて」
 言いたかったのはあの頃のことだ。
 もう関係ない。
 だって、お母さんは――
「まだ起きてるの?」
 歯車の音が小さくなって、おかあさんの声がした。
 ドアが開く音。
「まだ休み前なのよ。早く寝なきゃ」
 私はまた自分の部屋にいた。あの頃の安アパートじゃない、ちゃんとした都内の住宅地。そこに建つ一軒家に。
「ね? ミサキちゃん」
 おかあさんはショールを肩にかきあげながらこちらを見る。
「……はい」
 素直に言うことを聞かないと。それに、『イイ子』でいないと。
 あの子の誘惑に負けてはいられない。
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