モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー
エピソード11
りりりりり、りりりりりりりりりり。
りりりりり、りりりりりりり……
「ん……」
もう朝なんだろうか。
私はゆっくりと身体を起こした。まだしっかり目が覚めていないし、意識も覚醒していない。
身体を起こすと、そこはやっぱり『私の部屋』で、他のどこでもない。窓から差し込む朝日も、けたたましく鳴る目覚ましも、もう慣れたものだ。
私が生まれて、ちょうど16回目の朝。
「ミサキちゃ〜ん!」
階下から騒がしい声と足音が響き渡る。静かになったと思ったら、すぐに部屋のドアが開いて、『おかあさん』が顔を見せた。
「ハッピーバースデー!」
舞い散る紙とテープ。耳障りなクラッカーの音。おかあさんは喜んでいる、祝っている。でもその眼はホントじゃない。
登校の支度をしていた私は、それを見つめる。
そんなことをされても、どんな顔をしていいのかわからない。とりあえず頑張って笑ってみた。ぎこちなくても、そうしなきゃいけない。
階段を下りながら、おかあさんは弾む声で語る。
「今朝はね、ご馳走にしたの! ミサキちゃんの好きなもの」
まるでこの階段が刑場に続いているような気すらしてくる。階段の下は真っ暗。そんな気が。
「たくさん作ったの」
今はおかあさんの顔を見たくない。見たら、頑張って平静を保っているのがバレるから。
毎年この日は、6月29日は気が重い。
過剰に、痛々しいくらいに、しらじらしく。大げさにおかあさんは私の誕生を祝ってくれる。そんなお祝いをされて嬉しいはずがない。
朝から胃がもたれるような食事、取り立てて欲しいわけでもない世界文学全集。私が欲しいのはそんなものじゃないのに。
心がずんと重い。ずっとないものねだりして。
私はいつまで絶えなきゃいけないの?
私はどうすれば許されるっていうの?
私がしたことはそこまで悪いことなの?
「今日もお疲れ〜!」
承認し終えた書類を整理して、今日の作業は終わりだ。チョコ先輩はすっきりしたとばかりに大きく伸びをした。
「やってもやっても、次から次へと……」
真白先輩が相変わらず本音の読めない表情を浮かべて呟く。
「まあ、生徒会には自治権があるから」
「誰にいってるの」
チョコ先輩が誰かに説明するように言った言葉に真白先輩がツッコミを入れる。
「っていうか、そこの二人は何かあったの?」
チョコ先輩じゃなくても、私も今日はずっと気になっていた。希幸さんと立花先輩の間の空気がやけに重かった。さすがにずけずけと踏み込んでいくだけの勇気はなく、触れずにいたというのにこの先輩は。
「……」
「……」
ほら、いわんこっちゃない。二人とも何かを考え込むように黙り込んでしまった。
でもチョコ先輩は空気を読まない。
「あんたらがそーだと、こっちもヘンなの! ねーミサキ」
付き合ってちゃいられない。
私は書類をそろえた。こうしていれば声もかけられないだろう。
「おーい……あ!」
なにやら思い出したかのように言葉を切った。
「そういえば、今日はミサキの誕生日だっけ」
とんでもない不意打ち。私は一瞬固まった。
「え?」
「ホント?」
真白先輩と希幸さんが素早く反応する。
「おめでとう」
表情を変えずに真白先輩。
「早く言ってよ!」
どこか楽しそうに希幸さん。
たしか誰にも誕生日は教えていないはずなのに。
「なんで知ってるんですか?」
「ミサキのことならだいたい」
どこか得意げにチョコ先輩は言う。
本当になぜ知っているのだろう。
わたしはしばらく何も言えなくなったけど、でも、今となっては祝ってくれるひとも彼女たちだけだ。
『たくさん食べて』
『おめでとう』
『大好き』
『可愛い子』
かつて言われた祝福の言葉。
同時に蘇るのはもうひとつの意味の言葉。
『たくさん食べて』
『いい子』
『でも……』
『なんで?』
その先に続く単語を私は知っている。知っていてもあえて思い出さずにいる。
私は卑怯だろうか。
「ありがとうございます」
せめてお礼の言葉は言わなくては。
それでも、
祝いは呪い。
私にとっては。
「はい。」
チョコ先輩がいつも食べているチョコを掲げた。意味が分からなかったけど、一応受け取る。
「今はこれしかなくて」
よく見ると、『シガレットチョコレート』とでかでかと書いてある。なんでわざわざシガレットチョコなんだろう。
「せめてお祝いに」
チョコ先輩の表情はわからない。
「じゃあわたくしも! おまじない人形!」
希幸さんは藁人形?
「モカあった……」
真白先輩はそれを私に渡して大丈夫なのか? モカ。
「あたしはこれを……」
立花先輩は前にくれたことがあるエネルギーバー。
「あまりプレゼントってカンジしないけど……」
たしかに、あまりにも誕生日って感じはしない。
けど――
私は回想していた。懐かしい声。
『ミサキ、おめでとう!』
あの頃は堂々とゲームが好きだと言えた。欲しいソフトも素直にねだれた。
『欲しがってたゲーム! それに』
お母さんは私には馴染のない、ヘアアクセサリーのセットを見せた。
『今年はパパからも! つけてあげる!』
お父さんからのプレゼントは最初からあきらめていたから、意外ではあったものの、そこまで嬉しいわけでもなかった。嬉しいのはむしろ、お母さんの方だろうと思った。
でも、それは口に出さなかった。
アクセサリーをつけた私を見て、お母さんは拍手した。
それは本当は誰に向けて?
誰に関心を持ってほしいの?
私は、ずっと居場所を求めてた。
ここにいてもいいって。
誰も拒絶しないって。
私は悪くないんだって。
言って欲しくて。
たとえそれが、ないものねだりだとしても。
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