モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード10

 今日は寄っていけるかな。
 部活動で汗をかいたけど、別ににおわないよね。制汗スプレーで最低限のケアをして、スマホをチェックする。まだ面会時間には間に合う。
「じゃあ、また」
「お疲れ立花!」
 チームメイトにバイバイと手を振って、小走りに校門を出た。この時間なら急行に間に合いそうだ。スピードを上げて駅に駆ける。よかった。間に合った。
 あたしは急いで止まっていた電車に乗車すると、そこでようやく一休みした。
 お見舞いに行くのは一週間ぶりか。生徒会に所属しているとなかなか放課後の時間が取れない。加えて部活もある。スポーツで学費を免除されているから、条件として運動部に所属しなくてはならない。これさえなければ、もっと頻繁に行けるんだけども。
 しばらくすると病院最寄りの駅が近づいてきた。下車。最寄駅からは徒歩ですぐだ。この辺は患者にやさしい。
 手にはお土産のエネルギーチャージを持って。限定の味だから、あの子も喜んでくれるんじゃないかな。
 治療のためとはいえ、病院は苦手だ。薬品の匂いも、白い壁も、いかにもって感じがするし。独特の雰囲気も静かすぎて落ち着かない。
 家族に入院患者がいなかったら来るわけのない場所だ。
 あたしはそんな馴染みのない廊下を歩く。顔色の悪い老人に、松葉杖をついた少年。すれ違う看護師。嫌でもここは病院なんだと実感する。
 エレベーターに乗って三階で降りた。ここにあの子の病室がある。個室じゃない、集合部屋。入院期間が長いんだから、せめて居心地のいいところに入れてやりたいけど、我が家の経済事情が許さない。あの人が無駄なブランド品を買うのを控えてくれればまだよくなるのに。自分の息子だというのに冷たい。
 病室の名札には『高坂冬也殿』の文字。間違いようがない、あたしの大事な弟の名前だ。
 あたしは深呼吸してからノックした。すぐに返事が返ってくる。
「どうぞ」
 その声を聴いてひとまず安心。悪化したようではなさそうだ。悪い時は声の調子も苦しそうだから。
「久しぶり」
 また本でも読んでいたのだろうか。それとも勉強か。テレビでスポーツ観戦かもしれない。
「なかなかお見舞いに来れなくてごめん」
「いや……」
 冬也はとてもいい子だ。素直で聞き分けがよくて、相手のことをよく考える。だからなおさら痛々しい。出会った頃からいたいけで、男の子にしては珍しいかわいげがあった。
「最近忙しくて。部活に生徒会に、テストに……それから……」
 そこまでしゃべって、あたしはハッとした。
 しまった。冬也がここで入院しているのに、あたしばっかり。
「ごめん!」
 居たたまれなくなって反射的に謝った。でも冬也は慣れっこだとばかり。
「いいよ別に」
 本を閉じる音がした。表紙には秘密の花園と書いてある。病院の小さな図書室から借りてきたのだろうか。
 そう言った後で、冬也はあたしに満面の笑みを見せてくれた。
「姉ちゃん!」
 この子がここまで嬉しそうな顔をするのは、あたしの前だけじゃなかろうか。うぬぼれじゃなくて。
 でも前よりもほっそりした気がする。
「……また痩せた?」
「気のせいだって!」
 冬也はそう言うけど、絶対に痩せた。でも我慢する子だから。それが染みついてる子だから、ひたすら耐える。そんな冬也はいじらしい。
 しばらく他愛もない話をした後、冬也が試験的に退院するという話をした。いつまでも入院しているのも息が詰まるだろうと、医師が提案してくれたそうだ。
「次の試合いつ? 応援しに行きたい!」
 瞳を輝かせて冬也が笑った。こういう顔を見ると抱きしめたくなる。
「……冬也」
 しばらくは耐えていたけど、結局我慢できなくなって、あたしは冬也を抱きしめた。抱きしめたところから伝わってくるぬくもり。この子はあたしが守らなきゃ。
「よかった」
 最初こそ驚いていたものの、冬也もあたしの気持ちがわかったかのように微笑んでくれた。


「……え? こいつも一緒なんですか?」
 予想通りというかなんというか。
 試合当日、あたしと冬也は病院で落ち合ってから試合会場に向かった。希幸ともここで合流する約束だった。テストで赤点じゃなかったから、見学したいと希幸と約束していたのだ。
 最初こそ嬉しそうにニコニコしていた希幸だったけども、あたしの背後についてくる冬也の顔を見た途端、不機嫌を隠さなかった。
 前にも数えられるくらいしか会ったことはなかったものの、どうやら希幸は冬也とは相性が悪いらしい。
 というか、そもそも希幸は男という性別が嫌いらしい。
 まあ、それは最初に会った時から知っていたことだけども。女子校には男嫌いは比較的多いらしいけど、ここまで受け付けない子も珍しい。
「そう。冬也が来てくれるとあたしも頑張れるんだよ。冬也だって久しぶりに外に出たんだし」
「……」
 希幸の顔にははっきりと、「嫌だ」と書いてある。それでもさすがにこんな人前でごねる気はないらしく、しぶしぶ「わかりました」とつぶやいた。
 冬也は希幸のことはあたしの後輩としか認識していないらしく、特に何も言わなかった。
 こういっちゃなんだけど、冬也は女の子みたいな綺麗な顔なんだし、平気にならないのか。男男したむさくるしいのがダメならまだわかるけど……。
「立花! そろそろ試合始まるよ!」
「今行く」
 サッカー部の部長のポニーテールの子があたしを呼ぶ。
 もう少しここでなだめたかったけど、流石に観戦するだけなら話もないだろう。
 そう自分をなだめて、あたしは選手控室に向かった。
 一抹の嫌な予感を抱えつつ。


 試合は順当に進んだ。
 準決勝なだけに強敵だけど、その分歯ごたえがある。こういうことがあるからスポーツは好きだ。
『ゴール!』
 あたしはまたゴールを決めて、チームメイトとガッツポーズをした。この充実感。スポーツをしていてよかったと思う瞬間だ。
「じゃあ、あたし交代するから」
 部長が一休みに入る。もう一度交代する予定だし、今は休憩するだけだ。やっぱりラストに花を持つのは部長だろう。
 あたしはしばらくボールを追い続けた。
 冬也と希幸の応援のおかげか、今日のあたしは絶好調。
 調子がいい。
 ふと、冬也たちが見てたかと気になって客席に目をやった。
「?」
 なにやら騒がしい。冬也と希幸がいるところからざわめきが聞こえる。
「通してください」
 そこに担架が通った。見慣れた光景。観客席のざわめきが耳障りだった。誰? 誰が運ばれてるの?
 まさか、いや、そんなわけがない。
 運ばれていたのは――
「冬也……?」
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