モノクロガールズカレイドスコープ ? サイドストーリー

エピソード6

 薄暗い闇の中。光の気配もわからない空間。
 また、あたしは眼を覚ました。
 いつもと変わりなく眠り、同じように目覚める。いつもの小さな歯車の回る音が目覚ましだ。
 ここは重力の影響を受けず、現実世界のほとんどの制約から解放されている。
 だからあたしは足元がどうなっているのかもわからないけれど、別に不安にはならない。
 見渡す限りの闇の中、数えきれないくらいたくさんの歯車が浮いている。無数というのはこのことだろう。数を数えるのが馬鹿馬鹿しくなる量。
 それほど大量にあっても、わずかでも動いている歯車はほんの一握り。ほとんどの歯車ははいつか出番が来るのを待っている。
 形はあるものの、歯車には質量を伴う実体がない。見せかけだけの幻に近い。触れようとしても普通の人間では目視するだけが精いっぱい。ここにあるのは動くものも含めて、そんな中途半端な歯車だけ。
 それでも、それらは幻ではないのだ。見ることはできるが、質量を伴わない、運動もしない。ただそれだけのこと。
 『見える』ということが『存在する』ことならば、『重さがある』ことは同じく『存在する』ということになるのか。
 なにかが『ある』ためには、他者にその存在を認識させる必要があるのだとすれば、質量があっても見えなければ『ない』ことになるのか。
 見えても質量がなければ『ない』ことになるのか。
 考えるだけ無駄なこと。
 歯車はたしかにここにあるのだから。
 第三者から見て、なんらかの形で『存在』を認識できるのならば、たしかにそれはそこに『ある』のだ。
 この場所の歯車は半分存在していて、半分存在しない。そんな不完全なモノ。
 眼に入るのは常に揺らめく闇色と気まぐれな歯車だけ。
 あたしはここを『領域』と呼んでいる。
 特定の条件を満たした、ごく一部の存在しかいられない。
 それどころかこの場所を認識することもできない。資格を持つ者だけを受け入れる、一種の楽園のようなものであり、見方を変えれば檻にもなる。もしかしたら、そのふたつは同じものなのかもしれないけど。
 そんな矛盾した場所。
 あたしはこんな場所を表現する言葉を知らないから、一番近いと思う呼び方である『領域』という言葉で呼んでいるのだ。
 

 いつもは意識がある時にはこの場所で時間をつぶしている。
 ここは質量が存在できないから、娯楽が何もない。
 大好きだったゲームも、うんと小さいころに友達から借りた漫画も、一緒に遊ぶ相手すらいない。
 たまにあたしと同じ存在にあたる子たちも遊びに来ないでもないけれど、彼女らもすぐに帰ってしまう。
 大体、好みがまるで違う相手と一緒に過ごしても苦痛なだけだ。
 今日はどうやって暇をつぶそうか。
 ぼんやりとそんなことを考えている時、この場所にいるあたしを初めて訪ねてきた影があった。
 それは、見間違えることなどあり得ない、三島ミサキのものだった。
 彼女はまだこちらに気づいていないらしく、ただぼんやりと立ちすくんでいたが、やがてのろのろと動き始めた。
 まるで、それまではなかった意識が戻ったかのように。
「ここは……?」
 ミサキは無数に浮かぶ歯車のひとつに手を伸ばした。
 しかし、それはすぐに半透明になって、ミサキの手は虚しく宙を舞うだけだった。
「さわれない」
 まだここが夢か現か理解していないらしい。でも、ミサキは真剣だ。
「夢?」
 あたしはこらえきれなくなって、声をかける。
「近いけどちがう」
 すぐにミサキはこちらを振り返った。
 とりあえず軽く手を振って存在を主張した。
「うすうすわかってるでしょ」
 これは質問ではない。
 これは確認だ。
「私のことも」
 背伸びをするようなポーズをとって、あたしはミサキの前に姿を見せた。真っ白のワンピースをまとったミサキは居心地が悪そうにこちらを凝視する。
「ここが何かもね」
 わかっているんだろう。
 たとえ確信は持てなくとも、だいたい直感で察してはいるだろう。
「忘れたいんだよねえ?」
 あたしはミサキの記憶に訴えかける言葉を口にする。
 いくらこいつが忘れたいと思っていても、こっちは忘れてもらっちゃ困る。
「楽になれるもんね」
 ミサキの気持ちはあたしが一番よく知っている、わかっている。
「でも」
 だからこそ、一番の敵になりうるのだ。
 そんなこととっくに知っているだろうに。
「忘れさせてあげない」
 愉快だ。
 ミサキを追い詰めるのが快感だ。
「せいぜい」
 再び音量が増えた歯車の音に、今回はここでお別れなのだと悟った。
 それでも、別れるときの土産は忘れない。
「苦しみなよ」
 音が煩い。
 カチ、コチ、カチ、コチ……
 あたしはここでミサキに一語を吐いた。
「私」
 遠く、ずっと遠くでミサキの名を呼ぶ声がした。
 あたしは自分の出る幕は終わったのだと、そのまま黙り込む。


 きっとあいつは、ミサキはまたここに迷い込んでくるのだろう。
 あたしにはそんな確信があった。
 ここに迷い込んだことをどう思ったのだろう。
 なにか引っかかるものがあったかもしれないし、なんとも思わなかったかもしれない。
 でも、あたしはわかる。 
 ミサキはまだ忘れていないんだと。
 あっさりこの領域に迷い込んできたのがその証拠だ。
 まだ覚えている。
 あたしの正面に陣取って、偉そうに指示を出す奴。
 馬鹿みたいに指示に従うだけの奴。
 まるで見世物小屋の観客のようにひそひそにやにや笑う奴。
 遠巻きに眺めるだけで、騒ぎを止めることもしなかった奴。
 みんなみんな大っ嫌い。
 あたしを舐めるな、侮るな。
 あたしは、そんなに軽んじられるような存在じゃない。
 あたしにはお母さんがいる。 
 パパだって……たしかにいるんだから。
 もう済んだこと?
 あたしはまだ忘れちゃいない。
 忘れがたい記憶は鎖のように巻き付いて離れないんだから。
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