モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード5

 放課後、生徒会室、仕事中。
 ちらりとカレンダーを見てしまったわたしは、大変なことに気が付いた。声に出さずにはいられない。
「たいへんだわ!」
 後ろで書類の整理をしていた立花サマとミサキちゃんが何事かとこっちを向く。あんまり立花サマは気にしてる風でもないみたいだけど。
「もうすぐ、テストじゃない!」
 そう、学生なら避けて通れない難関。ここ最近は生徒会活動やら部活やら、趣味の毎日の占いやらおまじないやらで、うっかり忘れていた。
 赤点を取ったら追試が待っている。
「まあ……定期ですから」
 なんでもないことのようにミサキちゃんは言う。というか、若干呆れてるように見えるのはわたしの気のせい?
「え? 勉強してるの」
 そんな。生徒会に所属しててそんな時間なんてあるの? サボってるわたしでさえ時間がないのに。
「フツーするよ」
 追い打ちをかけるようにチョコ中毒の先輩が言う。
 でも、ちゃんとわたしのお仲間はいるはず。
 運動部の掛け持ちをしている想い人なら――
「立花サマは!?」
「あーあたしも。忙しくて……」
 本棚の古い記録を整理しつつ、立花サマが困ったような顔をして言った。
「部活やってるとね」
「ですよね〜!」
 そうよ、部活動に精を出していれば、勉強の時間なんてない。練習で潰れるんだから。
 先輩は知らないけど、ミサキちゃんは部活には無所属、真白せんぱいも同じくだ。たしか。
「おい、書記と副会長!」
 ちょっとだけ安堵していると厳しいツッコミが入る。そんなに苛立たなくてもいいのに。
 せっかく高校生になったんだから、少しくらい自由を満喫してもいいと思う。生徒会役員だって女子高生なんだから。
 なんかミサキちゃんはぼんやりしてるけどどうしたんだろう。いやいや、それよりも目下のテスト対策だ。ちゃんとやってる人はどんなことをしてるのかしら。
「やばいんだよね」
「わたくしも」
 立花サマとわたしはすっかり『ダメな子』としてくくられていた。不本意だけど勉強は嫌いだからしょうがない。
「勉強すればいいじゃん。雪子は去年やったし余裕だろ?」
 そうよ、同じことを繰り返してる先輩に言われたくない。真白せんぱいの留年の原因だって方向音痴だし。地図が苦手なわたしだって、真白せんぱいほどひどくない。
「え? 去年?」
 そこで事情を知らないミサキちゃんが口を挟む。
「出席日数足りなくて、私は留年してるから」
 そりゃ気になる言い方をされたら聞きたくなる。ミサキちゃんは悪くないと思う。
 でも、律儀なのか真面目なのか、ミサキちゃんはすぐに頭を下げる。
「なんだかすみません」
「気にしないで」
 なんか雰囲気がヘンな方向に行きそうだったから、わたしは言葉を添える。
「そーゆーミサキちゃんは? 慌ててないね」
「一応平気です」
 なんか真剣な顔でノートを取り出して見せた。大学ノートに『テスト対策数学』って書いてある。
「何気にやってるのね」
 そこまで時間があるなんてうらやましい。なんてことを思っていたら、ミサキちゃんはわずかに諦めたようななんとも言えない顔をして、
「ぼっちだと暇だったので……」
「やめて! 悲しくなる!」
 他人事ながら泣きたくなる状況だ。ミサキちゃんは人づきあい苦手そうだけど、そこまでひどいんだ。
 うすうす昼休みのミサキちゃんは予想がついたけど、まさかそこまで突き抜けたぼっちだったとは。さすがに可哀想になってそれ以上言うのを止めた。
「ノート使います?」
 ミサキちゃんは持っていたテスト対策用のノートを差し出してきた。よく見たらそれは英語用。教科ごとに別々のノートにぎっしり対策をメモっているミサキちゃんの暇さが可哀想になってきた。
 そこに立花サマの凛々しい声が重なった。
「じゃ、今日はこのくらいで。ノルマ終わったし」
「各自テスト勉強!」
 チョコ中毒の先輩が承認済みの書類をテーブルに投げ出したところで、今日の活動は終了だ。
 わたしはミサキちゃんならテスト対策も万全だろうと思って、図書室に誘う。
「ミサキちゃん、図書室行こ!」
 こういう時じゃないと距離も縮まらない。わたしはミサキちゃんとはクラスが違うし、性格も全然違うだろうけど、なんだか放ってはおけない。
 一緒に勉強、なんて女子高生っぽいし。
 初対面の時は立花サマを取られるかと思ったけど、その心配もいろんな意味でなさそうだし。
「テストいや〜」
「学生ですから」
 それはそうだけど。
 背後から小さい声が聞こえた気がするけど、たぶん気のせいだ。


「図書室ってはじめてです」
 案内がてら、ちょっとゆっくり歩き過ぎたか。普段はあまり使わない特別教室の場所も伝えつつ歩いていたら、結構な時間が経っていた。
 うちの学校の図書室は蔵書がそろっているらしい。わたしは雑誌が好きだし、活字の本はあまり興味がないけど、とりあえず量がすごいというのはわかる。しかも、ちゃんと出版社とかレーベルとかいうのも一通りそろえてあるらしく、本棚に並べられている本は見た目もきれいだ。
 建物の構造は吹き抜けになっていて、二階に参考書が収められている本棚と自習室がある。一階には本棚がたくさんと貸し出しカウンターのみ。図書委員は先生のお手伝いをしている。
 図書室に入った瞬間、ミサキちゃんはわずかにぼんやりしたみたいだった。
「すごい量ですね」
「でしょー」
 わたしの位置から見えるのはミサキちゃんの背中だけだから表情はわからない。けど、予習をしている子なら本も好きだろう。偏見かもしれないけど、間違ってはいないんじゃないか。
「何代か前の校長先生が集めたんだって」
 かなり前に立花サマから聞いていることを言ってみる。こういうことじゃないと得意になれない自分が虚しいけど。
 ミサキちゃんは興味が惹かれた風に本棚から一冊の本を抜き取った。
 『悪徳の栄え』と書いてある。聞いたことのないタイトルだ。
「そーゆー本好きなの? むずかしそう」
 意味はよくわからないけど、『悪』ってついてるのが気になった。
「ま……まあ」
「へー、なんかそんなカンジ」
 おとなしい、コミュニュケーション苦手、ならば大抵本が好きなタイプという印象だ。もちろん違う人もいるんだろうけど。
「ティーン誌もあればいいのに。じゃあやろ」
 ホントに、なんで学校には雑誌がないのかしら? 小難しい本より、よっぽどニーズがあるのに。
 ミサキちゃんは何とも言えない顔をした後、わたしに数学の説明をしてくれた。でもやっぱり、わからないものはわからないし、そもそもわかろうとする気のないわたしには難しすぎた。
「一向に、わからない」
 なんで数学なんて学校にあるのかしら。別に方程式が解けなくても、生活には困らないのに。
 せっかくテストが終わったら、立花サマをデートに誘おうと思ってたのに。もしくは、立花サマの試合観戦もいいけど。
「簡単にはわからないか。追試けってーい!」
 わからないものはしょうがない。私は素直に諦めることにした。
 けど、なぜかミサキちゃんは真剣な顔をして言うのだ。
「すみません。私教えるの下手で……」
 わたしはあくまでポーズで言っているのに。それなのにミサキちゃんはそのままの意味でとらえてる。
 コミュ障の原因って、こういうところじゃないの?
「……ミサキちゃん」
 自分でもわからない。
 なぜだか目の前のミサキちゃんが誰かにダブって見えた。
「前から思ってたけど、ヒクツだよね」
 目の前のミサキちゃんの表情が凍った。でも、止まらない。
「最初は謙虚かって思ってたけど、行き過ぎると逆にイヤミ」
 ミサキちゃんが目を見開いた。ここでやめればいいって誰かが言っているのに、やっぱりわたしの口は止まらなくて。
「離してみるとそんなに内気でもないのに」
 これじゃあ、責めてるみたいじゃない。わたしは意地悪したいわけじゃない、むしろ女の子とは仲良くやっていきたいと思ってる。
 なのに。
 なのになんでこんなに……癇に障るの?
「……ごめんなさい」
 そう一言口にしたきり、ミサキちゃんはしばらく黙り込んだ。放心状態? というか、何かを考え込んでいるように表情がない。
「ミサキちゃん?」
 名前を呼んだら、やっと元の表情に戻った。なんだたんだろう。無表情で、無感動で、見慣れた同級生の顔のはずなのに、まるで知らない人を見ているようだった。
「疲れてる? ごめん言い過ぎた。顔色悪いよ?」
 さっきとは打って変わって、青ざめたミサキちゃんが急に心配になって、わたしは手を伸ばしていた。
 しかし、その手は振り払われた。ミサキちゃん本人も驚いてるようだった。
「ごめんなさい。調子悪くて……」
 そう呟いたミサキちゃんは、やっぱりヘンだった。どこがどうとは言えないけど、ただ、ヘンだ。
 ミサキちゃんはそのままわたしの前から去って、階段を下りて行ってしまった。まるで逃げるかのように。
「ミサキちゃん?」
 わたしはその場に取り残され、もしかしたらと『あの子』と相談することにしたのだった。
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