モノクロガールズカレイドスコープ ⚙ サイドストーリー

エピソード3

 わたしの毎日は立花サマを中心に回ってる。

 今日も楽しみにしてる時間、部活が始まった。音楽第二準備室にはわたしたちの声が響く。ここは合唱部の部室だ。授業ではあまり使わない楽器を保管してあったり、予備の椅子が置いてある。なんでも、後者の設計の段階で準備室を作り過ぎたとか、そんな噂があったりなかったり。
 合唱は好き。ただブレスやリズムだけを考えて声を出せばいい。周りと合わせることには慣れてるから、難しいことを考えなくていい。漠然とした不安とか、たまに叫びだしたくなる憂鬱とか、そういうのから逃げられるから。
 ピアノの音に合わせて歌っていると、心まで軽くなってくる。恋の歌愛の歌。わたしの気持ちを乗せて、声は響く。
 ほどよく乗ってきたところで、音が止まった。
「じゃあ今日はここまでにしとこっか。あんまり歌い過ぎて喉を壊してもなんだし」
 3年生の部長が鍵盤から手を離す。その視線が時計の方を向いていて、一時間と少し歌い続けていたのだと知った。
「そうね……コンクールもエントリーしちゃったもんね」
 ここのところずっとそればっかりだった。新しい曲を次々に選んで、ひたすら練習。やっとマスターしたと思ったら、今度は別のコンクールだもの。
 わたしは伸びをして、かばんに手を入れかけた。
「希幸ちゃんは生徒会いかなくていいの?」
 部活友達の彩音がのど飴を差し出しながら言った。ありがたく受け取る。
「そういえば最近生徒会室にも行ってなかったわね」
「立花先輩とは会ってないの?」
「痛いところつくわね……」
 彩音はけらけら笑いながら手を軽く振った。スマホを確認しても、立花サマからのメッセージはない。
「立花先輩かっこいいもの。下級生だけじゃなく、他からも人気ありそうだもん」
 取られちゃうよ、なんて言う。
 わたしは飴玉の包み紙を無意識のうちに丸めていた。
「そうよね。こまめにメールしてるんだけどなぁ……忙しいのかお返事もあまり来ないし」
 入学したての頃は頻繁にやり取りしてたのに。生徒会の仕事の関してのことばっかりだったけど、わたしは立花サマの特別になれたみたいで嬉しかったのに。まさか、別の子に言い寄られてるとか?
「束縛する女が地雷って男の人は多いらしいけど、立花先輩もちょっとそんな心境なんじゃない? あと、希幸ちゃんは他の子が寄ったってだけで嫉妬し過ぎ」
「だって、おもしろくないんだもん。彩音だってそうでしょ?」
「うーん。希幸ちゃんはなんでそんなに立花先輩が好きなの? 誰でもいいんじゃないの?」
「なんてこと言うのよ! とんでもないわ! 立花サマだからいいの!」
 何も知らないのに、横から口出ししないでほしい。立花サマはわたしが一番つらい時に手を差し伸べてくれたんだから。本人にとっては当たり前のこと過ぎて覚えてないかもしれないけど。


 部活は早めに終わったし、わたしは久しぶりに生徒会室に来た。てっきりもっとごちゃごちゃしてるかと思っていたのに、整理整頓どころか掃除も行き届いていた。誰か几帳面な人がいたかと首をかしげる。
「お、元気だったんだ、希幸」
「……先輩」
 立花サマとよく漫才をやってる先輩が奥から出てきた。リボンの色が赤いから3年生ということはわかるけど、それ以上のことはよく知らない。本名も聞いたことがない。そもそも、立花サマ以外は興味ないからどうでもいいけど。
「わたくしがいないにしては綺麗にしてるんじゃないですか?」
「ああ、気の利く見習いが入ったから」
「ええっ? いつ!?」
 聞いてない。わたしが生徒会に入ったのも、立花サマの口利きがあったからで、いわば特別扱いなのに。なのにいきなり。
「どんな子なんですか? 2年生ですか?」
「希幸と同じ1年生だよ。A組の子。外部生だから希幸は知らないんじゃない?」
 同学年、しかも外部生。どんな子なんだろう。クラスは成績順だから、A組ということは成績がいいはず。外見はかわいい子? あの散らかってた生徒会室を片づけたんだから、気の利く子のはず。
「チョコ、ミサキちゃんは――」
 わたしがぐるぐる考え込んでいたら、ドアが開いて立花サマが入ってきた。手にはプリントの山を抱えている。
「立花サマ! 新しい子が入ったってホントですか!?」
「わわっ!」
 勢いよくくっついたら、立花サマがふらついた。でも、わたしは構っていられない。恐るべき事態、ライバル出現なんだから。
「立花サマのお気に入りですか? わたくしよりその子がいいんですか? タイプなんですか!」
「うーん、希幸の場合前提がおかしいけどね」
 先輩が他人事のようにつぶやくけど、わたしは見知らぬ恋敵のことで頭がいっぱいだった。頭の中が嫉妬でいっぱいになる。
 我慢できない、できてたまるもんか。
「ひどいわ立花サマ!」
 はっと気づいた時には大声をあげていた。
「わたくしというものがありながら」
「ちょ……きさ」
 立花サマが制止するように手を伸ばしているけど、わたしはそれどころじゃない。
「浮気ですかっ!」
 合唱部で鍛えられた大声は我ながらかなりキンキンした高音だった。
「いや、ちが……」
 立花サマがせっかく構ってくれたのに、わたしは言葉より先に体が動いていた。
「もうしらないっ!」
 生徒会室のドアが開いていた。けど、おかしいと感じる余裕もなく、ただわたしはその場から逃げ出したかった。
 と、目の前に見覚えのない子がいた。わたしより背が高いから2年生かと思ってリボンの色を見たら白だった。白いリボンは1年生の証。
 彼女はリアクションに困ったようにわたしの方をじっと見つめている。それでも立花サマが何も言わないので、ああこの子が新しく入ったという子なんだってわかった。
 それと同時に、ここ最近の立花サマの関心を独り占めにしてるのがこの子だということも。
 わたしは気づかないうちに笑っていたらしい。
「コレが恋敵?」
 どこにでもいる子だと思った。クラスにひとりはいる、没個性な子。目立たない子。
「なんともフツーで」
「冴えなくて」
「よくいるタイプで」
「その他大勢……」
 これが特徴。というか、それしか特徴がない。特徴のないのが特徴という子だ。
「きさ!」
 咎めるような立花サマの声がしたけど、わたしを放っておいたのは立花サマの方だ。
「新入りってこの子ですの?」
 先輩方はどこを気に入ったのかしら。まあ、立花サマが選んだ子じゃないのはわかる。たぶんもうひとりの方だ。他の生徒会のふたりは別方向な事情で生徒会活動にあまり関わらないもの。
「と、いうことは……」
「そう」
 やっと思い当たったとばかりに新入りは先輩に問いかけた。
「前に言った癖の強いのだよ」
 それはいったいどういう意味なのか。深く追及する前に立花サマと新入りの子が手際よくお茶の支度をしたから、何も言えなかった。


「自己紹介するわね」
 お茶請けまで準備したうえで、わたしは手でハートを作る。最初が肝心、牽制は大事。
「立花サマラブ歴三年! 合唱部所属の一年C組! 北南希幸よ!」
 ここで立花サマへの想いはあなたのとは別格なんだって主張して。あとは、ちゃんとライバルの情報も聞いとかなきゃ。
「で、アナタ名前は? 学年と部活は? 立花サマとどーゆー関係? いつから生徒会に来てるの?」
 わたしは一気にしゃべった。心なしか新入りちゃんはげっそりしたように見える。
「まあまあ。そう一気に聞くなよ」
 そこで入るのが先輩の助け舟。
「えー?」
「忙しかったのか?」
 さりげなくわたしの方を聞かれている。別に知られて困るわけでもないから知らせることにした。
「最近は練習が忙しくて。急にコンクールがあったり」
 ああ、あの潤いのない練習の日々を思い出すと涙が出ちゃう。
「顔も出せなくてさみしかったぁ」
「そういえばそろそろだっけ」
 立花サマはそこで思い出したというようにホワイトボードの方を見た。
「合唱コンクール」
 その時、新入りちゃんのカップを持つ手が止まった。
「え?」
「みんなでみんなの前で歌うカンジの」
 今更な確認をする彼女の顔色は、あまりよくなかった。
「っていうか、それ以外のなにがあるの?」
 立花サマがやや呆れたようにホワイトボードを指さした。そういえば、この子、こっちを見てなかったものね。今日の議題は合唱コンクールだというのに。
「私、その日、休みます。」
 ややカタコトにミサキちゃんは言った。もしかして音痴? ま、別にいいか。わたしには関係ないもの。
「み、ミサキちゃん……」
 立花サマが驚くところも珍しい。そこまでこの子のことを気にかけてるのかしら。内心ではドキドキしながらお菓子をつまむ。
「不真面目ですのね」
「私らに言われたくないだろ」
 サボり常連のわたしと先輩はお菓子片手に成り行きを見守る。
 てっきり立花サマは注意するのかと思っていたら、励ましている。なんだか姉と妹みたいないい雰囲気になってる。わたしでもそんな雰囲気にはなれないのに。
 おもしろくない。
「いいわ! 助けてあげる!」
 わたしは思わずテーブルをたたいていた。
「下手なら練習すればいいのよ!」
 だって、このままじゃ立花サマの関心がこの子に行っちゃうし。ここでいいところを見せておけば立花サマだってわたしのことを好きになってくれるし。
「教えてあげる。その代わり、ご褒美くださいね、立花サマ」
 こういうところで距離を詰めていかないと。先輩の「そういうと思った」って言葉があったけど気にしない。


 翌日の放課後、わたしはミサキちゃんを合唱部の部室に誘った。
「どうぞー」
「お邪魔します」
 放課後の音楽第二準備室には誰もいなかった。部活のない日なんてそんなもの。
「ここねー、合唱部しかしらないの。いいでしょ?」
 わたしはピアノの傍に寄る。いつもは歌う側だけど、それなりに弾ける。
「北南さんは」
「希幸でいいよ」
 みんなに名前で呼ばれてるのに、苗字呼びされるのは慣れない。
「私のこと、嫌いなんじゃ……」
 第一印象はそんなに間違っていなかったみたい。外見も性格も控えめというか、内気を通り越して卑屈なんじゃないかって思う。
「そりゃ恋敵だけど」
「恋敵?」
「もっとキライなものもあるし」
 それに比べたら、ミサキちゃんなんて可愛いものだ。
「キライなもの?」
 言うか言わないか、ちょっと悩んだけど、別に女子ばっかりの環境の中では秘密にする意味もあまりない。
「男」
 わたしもミサキちゃんも静かにしてるからピアノの音だけが響いた。
「どうしてもだめなの」
 頭の中がもやもやしてきた。でも、あの時のことは嫌というほど鮮明に覚えてる。脳裏に焼き付いて離れない。
「ミサキちゃんは……」
 わたしは譜面だけを見て言う。
「キライなもの……何?」
 視界がぼやけて、淡く鎖のようなものが見えた……気がした。
「ひとりがキライです」
 ミサキちゃんの声は明るいような、それとは対照的に沈んだような、そんなわけのわからない声音だった。


 合唱コンクール当日。わたしは生徒会席で立花サマの隣にいた。うちの学院ではこの手の学校行事の企画や進行のほとんどは生徒会任せだからこうなる。
「だいぶよくなったね」
 ミサキちゃんのクラスの発表を聞きながら、立花サマは拍手を惜しまない。
「わたくしが特訓しましたもの!」
 なんといっても合唱部のエースだもの、このくらい当然。
「あとは立花サマ」
 わたしは立花サマの方を見る。身長の低いわたしと立花サマには、結構な身長差がある。自然と見上げる形になる。
「ご褒美にデート」
 このためにわたしはミサキちゃんに協力したんだもの。
 でも相変わらず立花サマは照れ屋でそっけなくて。
「そろそろ出番だ」
「あー!」
 出番だからってさっさと舞台の方へ行こうとする。
「わたくしはいつでもOK! ですからね」 
 毎度のことだけど、わたしはそう言う。立花サマとデートは数回しかしたことがない。それも、邪魔者がちゃっかり同席して。
 せっかく高等部に進級したんだもの、もっと頻繁にデートしたい。
 わたしは諦めないんですからね、立花サマ。何か願いが叶うんなら、わたしは立花サマとの恋の成就を願うだろう。
 それだけわたしの世界は、立花サマを中心に回ってる。
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