モノクロガールズカレイドスコープ ? サイドストーリー

エピソード2

「ねえねえ立花、生徒会に新しい子が入ったって聞いてる?」
 そこそこ仲良くしているクラスメイトが興味津々に聞いてくる。
「ここ最近は部活の助っ人で忙しかったからなぁ。ちょっと聞いてないや」
「ちょっとちょっと、それでいいの副会長!」
「今日はどこからも声掛けがないし、久しぶりに生徒会室に行ってみるよ」
 あたしは高坂立花、聖ルイス女学院2年生。運動部をいくつか掛け持ちしてて、助っ人もよく声をかけられる。勉強は苦手だけど、学校生活そのものは充実してる。ただ、私だけがこんなにゆっくりしていてもいいのかっていう焦りのようなものはある。
「立花は将来も安全パイじゃない。スポーツ特待だし、生徒会役員だしさ。内申も相当いいんだろうなぁ」
「……そううまくいけばいいんだけどね」
「? 何か言った?」
 スポーツ特待なんて、身体が壊れたら即解消だし、そもそも大学まで行くことができるかっていう、大前提の保証がない。誰も彼もが進学できると思ったら大間違い。人には人の事情があるんだから。
「ちょっと早いけど、生徒会室に行かなきゃ。庶務はサボり魔だから」
「あっ、立花っ!」
 あたしは彼女が何事か言う前にその場を後にした。


 RRRR……スマホがなにやら着信を知らせた。まさか容体が急変したのかと焦りながら液晶画面を見るが、どうやら病院からではないらしい。ホッと胸をなでおろしながら送り主を見ると、なぜかあたしを好きだといってくれる後輩からのメッセージだった。
 『コンクールに来て下さると、わたくしもっと頑張れますわ!』という文章が可愛い絵文字と顔文字付きで書かれている。きっとこういう子には悩みなんてないんだなと、うらやましく感じる。恋をはじめとした、相手への執着が出来る子は恵まれていると思う。欠落したところがないから、屈託なくふるまえるんだ。
 返事を返そうかと迷っていたら、近くの茂みから猫の鳴き声がした。猫にはつい甘くなってしまう。あたしはすぐに声の主を見つけ、傍にしゃがみ込んだ。
「どうかした?」
 猫は構ってもらいたそうにあたしの膝に頭をこすりつけてきた。にゃあにゃあ鳴きながら喉をゴロゴロさせている。猫のこの無邪気さを見ていると心が和む。この世で動物が嫌いな人はどこかおかしいんじゃなかろうか。
 あたしは常備しているエネルギチャージを砕いて掌に載せる。しかし、この子は興味を示さなかった。
 と、そこに廊下を歩く靴音が聞こえてきた。白いリボンをしているから新入生。その彼女が驚いたようにこちらを見てる。
 2年生の間ではそれなりにクールということになっているあたしは、つい彼女に「このことは内緒だ」と半ば脅すようなことを言ってしまった。あんまり学校で可愛いもの好きとばらしたくないし。どうせ似合わないと言われるのが関の山だし。
 その子があんまりにもこっちを凝視してくるから、あたしは仕方がなく生徒会室に向かった。


 生徒会室には未処理の書類が山になっていた。
 あたしがやっていた仕事はあたしが忙しかったからあたしの責任ではあるけど、他のメンバーはどうやら自分の分をやっていないということになる。部活があるならわかるけど、やることもなしにここまで溜めるとはよくやったものだと妙な感心をしてしまう。
「やっと来たんだ? ほら見ろ、立花がサボるせいでこんなにたまっちゃった」
「あたしは部活の助っ人! チョコはどうせ部活も委員会活動もしてないんだから、仕事くらいちゃんとやんなきゃ」
「いや、それがさぁ、最近スカウトした見習いの子が働き者で」
「ああ、クラスメイトに聞いたよ。すごく働き者なんだってね、チョコと違って」
「この時期になるとねこが学校内を闊歩するじゃん? で、私はねこが苦手じゃん? だから逃げて逃げて、仕事どころじゃないって言うかさあ」
「はい、言い訳!」
「だって、ねこはカワイイ、らしいじゃん? カワイイは正義じゃん? と、いうことは超絶美少女である私はやはり正義じゃん?」
 しれっと出てくる自画自賛。しかもこいつは猫が苦手という。なのにその可愛さだけ使おうという神経が気に食わない。
「カワイイは正義、超絶美少女の私は正義、そういっていつもいつも仕事をサボる!」
 と、ドアの隙間から顔をのぞかせている子がいた。どこかで見た顔だと思ったら、さっきの猫を見た時に秘密にしろといった子だった。
「君が最近入った子? はじめまして。あたしは高坂立花。二年。副会長やってる」
 あたしがそう自己紹介すると、この子はぼんやりした顔をする。なぜかいつもこうなる。
「三島ミサキです。見習いです」
「へーミサキちゃんか」
 あたしはとりあえず、この新メンバーに椅子をすすめる。人見知りする子なのか、やや遠慮がちなのが気になる。あまり内気すぎても生徒会役員としては困るかもしれない。
「いつから?」
「一週間ほど前からです」
「最近あたし忙しくてさ。助かるよ、ありがとう」
 あたしは普通に行ってるつもりなのに、なぜかミサキちゃんは照れている。あたしは特に照れるようなことは言ってないんだけどな。横のチョコはつまらなそうな顔してぶすくれてるし。
 チョコはスポーツ推薦のことまでぼそっとばらすせいで、ミサキちゃんからも尊敬のまなざしを貰うこととなった。
「それで、他の皆さんは?」
 お茶を飲んでリラックスしたのか、ミサキちゃんの立場なら気になるであろう質問が飛び出した。うん、まあ気になるよね。でもあたしらの口から言うのもなんだというアクの強いメンツだらけだからなぁ。
「そのうちね」
 あたしはそう返しておいた。チョコは逆におかしがっているけども。
 それからよくあるチョコとの小競り合いをした。ケンカとは呼べない、ただのじゃれ合い。
 チョコとのルーチンを終えて、あたしは紅茶のカップを片手にミサキちゃんと話を始めた。
「それでミサキちゃんはどういうきっかけでここに? そういうタイプには見えないけど」
 あくまでただの雑談、ただそれだけ。
 ある程度親しくなっておかないと、もしも内気すぎる子だったらフォローしなきゃいけないし。だってあたしは先輩なんだから。
「チョコ先輩に誘われて」
「けっこうしつこくて」
「……言うね」
 前言撤回。内気でおろおろする子は、先輩に対してしつこいなんて言わない。ここでミサキちゃんの雰囲気が変わった。 
「入れば」
 ここでミサキちゃんはどこか暗い顔をした。
「ひとりじゃなくなるから。」
 ひとり。
 この子が何よりも恐れているのは孤独なのか。でも私立の女子校に通って、何不自由なく生活できるのなら、少なくとも家族で悩んでいるわけではないだろう。
「嫌いなんです。ひとりで寂しいの。」
 もしかしたらこの子は過去にいじめられていたのかもしれない。だからたかが学校の友達すら気にかかってしょうがないのかもしれない。
「ひとりでいると自分が無価値に思えてきて……」
「……」
 ミサキちゃんの主張は理解できなくもない。誰もそばにいないということは、誰もミサキちゃんと話すことに価値を感じていないと思っているから。もちろん他にも考えようはあるけど、ここまで深刻に考えることでもないんじゃないか。
 それでに、イヤイヤ好きでもない相手と一緒にいるのも十分に疲れるし、嫌なことだ。
 私はつい口をはさんでいた。
「ひとりも悪くないけどね」
 脳裏に浮かぶのはブランド品を自慢げに持っている女。
「ずっと気を張ってるのも疲れるよ?」
 家族や家庭は誰にとっても必ずの心のオアシスじゃないんだから。
 でも当然ミサキちゃんには思い当たる節もないらしく、胡散臭い顔をしている。あたしは慌てて話題を逸らす。
「ウチは弟がいるから。思春期になるとね」
「ああ」
 ミサキちゃんはあっさり納得したようだった。そばではチョコが呑気そうに椅子に腰かけている。
「チョコは気楽だよね」
「立花は老けてるだけじゃん。BBA!」
 若い盛りの女子高生にはあんまりにもあんまりな罵倒をされ、あたしはヘッドロックをかける。
「なんだって」
 ちょっとの間でチョコがギブアップしたので放してやる。少しは思い知ったか。
 ミサキちゃんが若干居心地が悪そうにしてるから、ここは先輩としてフォローしておく。
「ま、無理しない。自然体にね」
 手をひらひらさせながら続ける。
「変な話になったけど大歓迎だから」
 大歓迎なのは決して大げさな表現じゃない。サボり常習犯の生徒会役員の中では、ミサキちゃんみたいな真面目そうな子は希少な存在だし、いるだけで助かる。
「よろしくね」
 あたしがそう言うと、彼女はホッとしたような顔をした。チョコはいつも適当だから、本当にここにいていいのかとかそういうことで悩んでたんじゃないかな。まったく、自分で誘ったんなら最後まで面倒見ればいいのに。体育会系以外はこうだからやりづらい。
 溜っていた認可待ちの書類の量からして、この一週間はミサキちゃんがひとりで頑張ってくれていたことは一目瞭然だった。
 全部後輩に押し付けるわけにもいかないから、あたしは彼女を先に帰らせることにした。
「あとはやっとくから、帰っていいよ」
「……では失礼します」
 ミサキちゃんが遠慮がちにそう返してきた。おとなしいというか、覇気がないというか。真面目そうなのはいいことなんだけど。
「ミサキ」
 その時、ちょこが彼女を呼び止めた。
「お疲れさま」
 やっとチョコがちゃんとねぎらいの言葉をかける。
 それでやっとミサキちゃんも苦労が報われたと思ったらしく、形式上おうむ返しにしてきた。
「お疲れ様です」


 ミサキちゃんを返した後、あたしとチョコは書類に目を通して認可印を押す作業を黙々とやっている。
「チョコはさ、なんでミサキちゃんを呼んだわけ?」
「えー? ひとめぼれしたからかな?」
「真面目に答えてよ」
 ゆらりゆらりと、話を逸らすのがチョコの悪い癖だ。出会ったころからこの調子。いつも真意を測りかねることばかり言う。
「だから、好きになったから」
「なんで3年と新入生の間にそんなに急に情が芽生えるわけ?」
 あたしは手元にあった分の書類に印鑑を押し終えた。チョコはゆっくりやっているからかまだ終わっていない。
「好きになるのは時間じゃないでしょ」
「はいはい、そりゃそうだ」
 この話は詳しく聞くのは不可能らしい。藪蛇にならないうちに打ち切ろう。
「そういえば希幸が立花に会えなくて寂しがってたらしいぞ」
 ほら、やっぱり藪蛇だ。
「立花さぁ、希幸のことどう思ってるわけ?」
「どう、って言われてもなぁ。個性的な後輩?」
「恋愛的な意味では?」
「そもそもあたしは一応異性愛者だから」
 まったく、何を言わせるんだか。チョコはただつまらなそうに「ふーん」とだけ呟いた。
「……今頃は、立花の写真でも眺めながらポエムでも作ってたりしてね」
 チョコがそういった途端、あたしは誰かに見つめられるような居心地の悪さを覚えたのだった。
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